ふるさと栃木県のコミュニティ・ビジネス

 私は、1957年宇都宮市滝谷町交差点付近にある病院で生まれた。そのご縁のある栃木県(宇都宮市が県庁所在地)とコミュティ・ビジネスとのお付き合いは、2001年3月に東京の民間研究所を退職し、独立後最初の仕事としてもらったのが、2001年4月20日開催の栃木県庁生活文化部からのコミュニティ・ビジネスに関する講演会であった。それは1999年10月に上梓した拙著『コミュニティ・ビジネス』中央大学出版部(私は当時中央大学の兼任講師だった)がきっかけであった。県庁の職員さんが偶然にも拙著を手にしていたことが仕事に結びついた。その宇都宮市(現在人口52万人で姫路市と同規模)は、かつて版画の町であった。私もその影響を受けて育ったものだ。

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☆その講演以来、宇都宮商工会議所はじめ、栃木県内十数か所でコミュニティ・ビジネスに関する講演やワークショップをさせていただいた。それらの講演会には、ときには栃木県知事や宇都宮市長も参加された。東京を除き関東で一番多く講演やワークショップを実施したのは栃木県と千葉県であろう。

そして、ここ十年間の栃木県におけるコミュニティ・ビジネスの講演会や起業ワークショップの実施例を次に挙げて見たが、2011年3月の東日本大震災を受けて、当時講演会やセミナーが延期されるなど、多くの県民のみなさんに少なからずの影響を与えた。その爪痕は今でも県内各地に残る。

<栃木県における私のCB活動>
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 *佐野市田沼町は小学校時代、宇都宮市は中高時代をすごしたところ
 *NPO法人からの講師お誘いは嬉しいもの
 *下野市はむかし国分寺、薬師寺があったところで、その影響か何度かCB講座も含めて生涯学習課主催の主任講師を務めた。
 *3.11の震災のため5月に延期されて開催されました。
 *3.11の震災のため5月に延期されて開催されました。
 *3.11の震災により地域コミュニティの良さが再び見直されました。
・真岡青年会議所主催のCBフォーラム⇒「2005.pdf」をダウンロード
*栃木県の各青年会議所(JC)は当時CB研究会がとても盛んでした。同じJC管内で1年間に3回も講演会やワークショップを開催するところがあった。
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☆花は生活に潤いとゆとりをもたらす。自然は人にやさしい環境を維持してくれる。
☆彡

2020年1月27日 (月)

佐野訪問シリーズ3:安藤勇寿「少年の日」美術館

佐野訪問シリーズ3:安藤勇寿『少年の日』美術館へゆく。画家の安藤さんと談笑しましたが、一緒に写真を撮るのをつい忘れてしまいました。子供のころ、ここの火の見やぐらに登ったことを思い出しました。ここは私の少年の日の現場です。

☆安藤さんの絵本より紹介

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*安藤さんは油性の色鉛筆で作画をします

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*安藤さんの美術館は佐野市御神楽にあり、御神楽という地名もロマンを感じます

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かつてここに田沼町役場があり、県の出先機関もあり、当時は賑やかでした

☆彡

 

2020年1月26日 (日)

佐野訪問シリーズ2:司馬遼太郎の作家生活への原点に立つ

今回、平安時代の武将俵藤太の足跡ともう一つ司馬遼太郎の作家生活への原点となる栃木県佐野市の植野小学校(植野国民学校)を訪ねてきた。

残念なことだが、最近の学校は地域内でクローズにしているのが一般的だが、今回校門前で写真を撮っていたら、敷地内にいた江川卓先生(仮名)が校内へ招き入れてくれ、地元にまつわる司馬先生の伝説話をしてくれた。

司馬遼太郎はとうとうこの地に戻れず世を去った。司馬文学はスズカケの木の伐採で幕を閉じた、とみた。司馬遼太郎は、戦後佐野の地に足を踏み入れることを極端に嫌った。それは……。

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校庭内にある戦前ここにあった植野国民学校の石碑

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現在の佐野市植野小学校の校庭。かなり広い校庭だ。終戦の夏の日に司馬遼太郎(本名:福田定一青年22歳は戦車部隊の将校で本土決戦に備え、ここに駐屯していた)が見た、かつての”スズカケの木”は伐採されて今はない

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初代の木種から育成した2代目のスズカケの木が校門脇で大切に育てられていた

☆彡

過去の司馬遼太郎を話題にした当方ブログ(この中からスズカケの古木が、動画で見ることができる)

http://cbhakase.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-68c8.html

http://cbhakase.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_2aa0.html

http://cbhakase.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-a686.html

http://cbhakase.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/post-1e45.html

☆彡 ぜひご笑覧あれ

 

佐野訪問シリーズ1:下野国佐野庄で俵藤太の足跡を訪ねる



細内所長は、俵藤太(ムカデ退治の藤原秀郷)で有名な近江(滋賀県も講演活動で結構歩いている)の瀬田商工会で講演をしましたが、

今度は、彼の本拠地栃木県佐野市の佐野庄田沼でその足跡を巡ってきました




画像に含まれている可能性があるもの:植物、屋外、自然
藤原秀郷公の古墳、子孫に武人が多く、忠臣蔵の大石内蔵助もその一人だ
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藤原秀郷を祭る唐沢山神社本殿
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古墳の頂上より唐沢山城を望む

2019年12月24日 (火)

寅さんに見る、起業家教育は、みんなの根本精神を変えなきゃあ、変わらない

先日テレビで「少年寅次郎」が放映されていた。少年期の寅次郎の時代(昭和の初めころ~終戦後まで)から現在まで、わが国では、子供がお金を稼ごうとするとき、大人からたしなまれるシーンが多い。

少年寅次郎は江戸川でウナギを釣ることを得意としていた。生活費に困窮している友人と一緒にウナギ釣りをして、釣り上げたウナギを近所の料亭に売り、現金収入を得ていたのだ(実は釣り上げたウナギを金に換え、それによって友人の生活費を工面し、手助けをしていた)。

釣ったウナギを売って現金を得ていたことが母親に見つかり、「子供のうちからそんな下品なことをするものでない!(当方の意訳)」とこっぴどく怒られるのである。

この大人から見た下品なマインドは、いまの起業家育成マインドにはそぐわないものと小生には見えた。

いま子供のうちから起業に関する理屈やマインド育成を小学校や中学校、高校で教えても、ジジババ世代、親世代のマインドを変えない限り、すなわち子供が金を稼ぐことを下品なもの、はしたないものという価値観を変えない限り、すぐには変わらないのである。

囲碁や将棋の世界に、そしてスポーツの世界に子供のプロが生まれる時代だが、3世代にわたる”価値の転換”が起きない限り、日本社会の起業家マインド、そして新規開業率は相変わらず5%台のままであろう。現在、大方の国民のマインドは寄らば大樹が基本だ。

欧米先進国の新規開業率10%に追い付くには、子供のうちから目的に合わせて手段を考えさせ、良しとする事業(大人の目から見ても適正な事業)なら子供のうちからプロとアマの垣根を取り外すことが肝要ではないか、と私は考える。

寅次郎は実の父親とそりが合わず、中学を卒業と同時に家を出て、バナナのたたき売りから全国を回る的屋の道(毎日起業しているようなもの)を歩んでいくことになるが、その後の活躍は、松竹映画『男はつらいよ』(山田洋次監督)のフーテンの寅さんの通りである。

この令和元年12月27日に再び寅さんが劇場に帰ってくる。50作目の「男はつらいよ お帰り!寅さん」だ。

寅さんの起業家マインドを劇場でじっくりと見てみようではないか!

☆彡

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☆そういえば岡山県の城下町津山にも寅さんが来たね

 私も、全国を講演セミナーで回る寅さん家業だ

 

 

 

 

2019年12月15日 (日)

テーマパークに見る、武士の出現から始まる一所懸命の土地本位制度の価値観

事務所の資料を整理していたらシンクタンク研究員時代の資料が出てきた。

当時勤務していたシンクタンクの調査で新しく建設された全国のテーマパークを訪問し、テーマパークの事業性可否のヒアリングを重ねていた。おおむね全国にあるテーマパーク50か所は越えたであろうか。

当時小生の仕事によるTDLへの訪問は60回を超え、応対してくれた広報担当者によるシンデレラ城の地下にあるスタッフ専用のトンネル内の視察は、同僚研究員に対する自慢話しの一つになった。

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オープン時の長崎県佐世保市にあるハウステンボスを訪ねる。県工業団地があったところに新しくテーマパークが出現した

*画像をクリックすると拡大します

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これは『レジャーランド&レクパーク総覧』綜合ユニコムに寄稿した拙稿『日本のレジャーランド考』である

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レジャー産業界においてはバイブル的な書籍だ

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当時はテーマパークという新奇性からか、多くのメディアからテーマパークに関する寄稿やコメント依頼が殺到した

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和歌山県和歌山市のポルトヨーロッパを訪ねる

☆全国数十所のテーマパークをヒアリングして導き出した金融機関の融資可能な金額は、日本ではエンターテイメントの採算性や将来性よりも、駐車場を含めたパークの土地・不動産の売却可能な額が融資審査のベースにあった。そうして武士出現以来のモットーである一所懸命の土地神話は、こうして今も生き続けている。

2019年12月12日 (木)

坂下門から入り、乾門通りを進み、天守そばの大嘗宮に向かう

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江戸城の富士見櫓を右手に見ながら乾通りを北上する

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テレビでおなじみの宮内庁庁舎前を通過

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江戸城・皇居の乾門通りは紅葉真っ盛り

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12月6日は空いていたのか、大嘗祭で使われた宮殿前で幸運にもすっきり撮影ができた

2019年12月 2日 (月)

私の気になる一枚のポスター414、415、416、417、418 岡山県津山市

岡山県津山市は、講演セミナーで訪れた中でたいへん思い出深い土地の一つである。津山の城下町はフーテンの寅さんの晩年の撮影地でもある。私が講演セミナーで訪問したのは、2015年~2017年の3年にわたるものであった。この3年間にわたるCB起業プログラムがCBによる地域おこしの講演セミナーの代表的パターンの一つである。

2015年初年度の講演会は、次のようなポスターが制作された。当ブログにおける一連のポスター紹介順としては、414番目となる。

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ポスターの背景は、明るい感じの空色である。テーマは、CBとは何か?である。

翌2016年のポスターは415番目で、背景に草色のグラデーションを使っている。

テーマは、地域課題を地域の仲間と一緒になってCBで解決しようである。

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そして3年目に当たる2017年の講演会のポスター(416番目)は、再び空色を基調に、地域協業について、テーマを絞って告知しているポスターが制作された。地域協業による支えあいのビジネスとしてCBが紹介されている。

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と同時に、2017年度は、最終年度として、講演会のあとに、講座形式で4日間の具体的な専門セミナー(町の学校岡山)でCBプログラムを締めくくっている(ポスターNO.は417番目)。写真を逆さにしているのは、ユニークである。これは、事務局さんのアイディアである。

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専門セミナーにおけるカリキュラムの内容は、次の通り、私の顔写真とプロフィールが掲載されている。

(ポスターNO.は418番目)

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専門セミナーの最終回(第4回目)は、受講生各自が温めていたCBのビジネスプランをブラシュアップし、その発表会を行い、会場のみんなでコメントを出し合い、最後に3年間にわたるCBプログラムを終了している。

その視点は、CBを通して地域を元気にすることである。

 

2019年11月26日 (火)

世の中、スマート化流行り

世の中、只今スマート化の流れだ。

最近日本国の政府専用機も大型のジャンボジェット機から777などの中型機に機種変更された。

また地方都市では千人規模の文化ホールから400人~500人収容の中型の文化ホールが、その稼働率と収益率を上げている。

東京銀座の歌舞伎座の収容人数は1800人だが、それに対し東京郊外部の400人規模の文化ホールは、興業リスクを低減し、音響設備をさらに整え、ますます集客を容易いものにしている。

江戸のむかしから興行をうつことは、たいへん難しい仕事である。毎日お客を呼ばなければならない。集客するためにさまざまな創意工夫が求められる。幕間に弁当を売れば、それが幕の内弁当となり、太鼓をうてばそれが観客席の料金が安くなるよ、という合図だ。こうして興行文化は作られていった。

アイコンタクトの通じる日本では、当然興行はどんぶり勘定になりがちだ。

米国のようなエンターテイメント・ビジネスにはまだ至ってない。しかし1980年以降、TDLの開園やJリーグの発足、日米野球の交流、プロスポーツ化、東京五輪などで、わが国もそのスキームを整えつつある。

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そして世のお会社は、わが国の人口減少に伴い、今後市場のパイが縮小するだろうという予測から、海外進出、売上至上主義から利益志向へと、その潮目の変化にのって、組織のスマート化へと大きく乗り出している。

企業の内部留保はすでに450兆円を越えるほど、たっぷり貯めこんだ。

すでにお会社はスマート化して日本の人口減少社会に備えている。

 

 

 

 

2019年11月12日 (火)

むかしCBの特集で私が監修した全国のまちの情報誌です。

ココファームワイナリー、こころみ学園の川田昇さんから始まる次の掲載記事は、むかしむかし全国信組中央協会さんから頼まれ、細内所長が監修した全国のCB事例です。

しんくみ情報誌『ボン・ビバーン』で全国の信用組合の銀行店頭で配布されました。

☆彡

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秋が来れば想い出す、足利市のココ・ファーム・ワイナリーの収穫祭。

間もなく農園で開催される。

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仕事を通して自分らしく生きるのが、CBの特徴の一つ。
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福祉介護の仕事は、人間の力量が試される分野だ。ある意味一番難しい仕事だ。

2019年11月 4日 (月)

あの人の心に残る珠玉の一言その4

2019年ノーベル化学賞に日本の吉野先生の受賞が決定したが、化学賞は日本人の受賞者が多い分野の一つである。

ノーベル化学賞のニュースの度に思い出されるのは、日本人で最初にノーベル化学賞を受賞された福井謙一先生のことである。今から25年前になるだろうか。

小生、福井謙一先生の前座講演をしたことがあり、私の講演人生から見ても、そのことが私の矜持の一つになっている。

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*以下、画像をクリックすると拡大します

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それは、大分で行われた豊の国シンポ94である。

テーマは『21世紀をクリエイトする発想の原点を探る』と題して開催されたもので、当時京都大学の基礎化学研究所所長をされていた福井謙一先生が招聘され、ノーベル賞の受賞テーマ「フロンティア理論」について講演されたが、その前座講演の何人かの講演者たちのトップをきって、小生も『情報財の価値について』と題して、講演した時のものが次に掲げる写真である。

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後日送られてきたシンポ、講演の内容をまとめたブックレット

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当日関係者に配付された福井謙一先生の自筆の講演原稿

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☆彡

当日の講演録は、正式に『豊の国シンポ94』ブックレットとして写真のような黄色い小冊子になっている。

シンポジウム終了後、事務局さんの計らいで福井謙一先生たちと食事をご一緒したが、新しいことに挑戦するのが真の研究者である、という力強い言葉を頂いたのが、今でも心に強く残っている。そして関アジと関サバの生きのよい食味も忘れ難い思い出である。

☆彡

2019年10月13日 (日)

細内所長のランダムレクチャー

CB総研の資料整理をしていたら、細内所長のレクチャー集が出てきたのでご紹介しよう。

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☆当時所属していたヒューマンルネッサンス研究所の主任研究員、第三研究課長時代における小論(研究所機関紙より)

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☆CB総研所長として”花農場あわの”の女性起業家若林さんを交えてある広報紙における細内レクチャー

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☆福岡市役所におけるCB講演会のリーフレット

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☆都市住宅学会20周年記念シンポジウムにおけるパネラーとして招待された時のレクチャー

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☆コミュニティ・ビジネス戦略をAFCフォーラム(日本政策金融公庫農林水産事業本部)に寄稿する

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☆細内所長の松山講演(地域資源からビジネスへ)から地元研究機関がその考察(政策研究セミナー)を行う

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☆CB事例、ココ・ファーム・ワイナリーの紹介記事を監修する(これは、しんくみ情報誌『ボン・ビバーン』で、全国の信用組合の銀行店頭で配布されていました)

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☆CB総研スタッフと一緒に「近代セールス」へ寄稿する

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☆法政大学大学院政策創造研究科の兼任講師時代、地域デビューについて「週刊ポスト」にコメントを寄せる

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☆細内信孝著『新版コミュニティ・ビジネス』の201ページよりワーク・ライフ・バランスについての実例紹介

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近著の『人にやさしい仕事』

©東京侍制作委員会により『人にやさしい仕事』は制作されました。

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2019年10月11日 (金)

『人にやさしい仕事』を公的機関、中学、高校、大学等へ寄贈します

コミュニティビジネス総合研究所は、東京都の稲城市立図書館、多摩市立図書館へ『人にやさしい仕事』を寄贈しました。

公立図書館の相互賃貸サービスを利用すれば、お近くの公立図書館から本を無償で取り寄せ、ご照覧することも可能です。詳しくはお近くの公立図書館へご相談ください。

以前、訪問した宮崎県の石井記念友愛社にも『人にやさしい仕事』を寄贈しました。

た大学へも寄贈中です。すでに信州大学、愛媛大学、岡山理科大学に所蔵されました。

公的な機関、図書館、中学、高校、大学へは、先着10機関限定で『人にやさしい仕事』を1冊寄贈します。

『人にやさしい仕事』希望と書いて、 hosouchi188@gmail.com まで、ご連絡ください。

詳しくは⇒http://www.hosouchi.com/book2.html…

先着順の発送をもって終了といたします(2019年クリスマスまで)。

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☆彡

2019年10月 6日 (日)

北関東の3県茨城、栃木、群馬は、なぜ国民の印象が薄いのか

東京から見た田舎は、ずばり北関東3県の茨城県、栃木県、群馬県である。

そして東京人(都民+千葉県、埼玉県、神奈川県の一部は東京都民であると思い込んでいるだけ)から見た宮崎県、高知県、岡山県、秋田県、岩手県(この5県選定は意図がありません)などは田舎ではない。それらはあくまで地方の一つである。だから政府は”地方創生”を政策の一つに掲げているが、田舎創生は掲げていない。

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シティセールスはバス広告にも及び競争激化だ

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そうした東京人は、自分の生活圏である東京都を生活基盤とするが、彼らの”田舎地”である北関東にはめったに出かけないよって北関東3県は彼らにとって、とても印象が薄いのである

また東京人のバケーションは、北関東の田舎地に行かず、地方や海外に行くますます北関東3県は印象が薄くなるのである。

そして戦後ずーっと、北関東3県は全国に波及する情報発信手段を持たなかったし持つ必要も生じなかった。その一つに例えば、栃木県は最近まで県内をカバーする独自の民放テレビ局がなかった。半面東京人と同じテレビ映像がすべて映るという”都会・田舎(とかいなか)”という、半ば茶化されたキーワードに自己満足していた。プロスポーツチームも同様で、最近まで県内にプロチームは誕生していなかった。プロスポーツチームの誕生は、全国の都道府県の中でもかなり遅い方であるこれでは栃木県としてのアイデンティは育たないし、また東京人(田舎都民も含む)や地方人から見ても、栃木県にほぼ類似する北関東の茨城県、群馬県も同様に、東京の田舎はまったく印象に残らないのである。

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これには、江戸時代に起因する背景がある。徳川の支配地が関東の大部分を占めていたが、特に北関東3県は、徳川の親衛隊である旗本領地が大多数を占めていた。たとえば一つの村を旗本複数家が治める”相給(あいきゅう)”という分割状態が長く続き、それらが村内や村同士の対立を生み、まとまりのかけた統治文化が北関東の3県エリアを大きく支配していた。

熊本藩や鹿児島藩、仙台藩のような大藩による一体感もないし、村を支配する殿様(旗本、地頭)が江戸在住では、独自性を出すこともしにくい状況にあった。この支配体制による生活文化(お上・殿様に従順であれ!)が現代まで引き継がれているのが、北関東の茨城、栃木、群馬の3県である。そして埼玉県、千葉県、神奈川県(東京隣接地の中には、自分は東京に通う東京人であると思い込んでいる田舎都民がいるから尚更たちが悪い)にも、その影響が色濃く残っているのが関東地方である。

このことが、40年間にわたり全国各地を講演・セミナーの仕事で歩いてきたことと生を受けてから高校まで多感な青少年期を北関東で育った歴史研究者地域コミュニティ研究者である、私の経験則的持論である。

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商工会議所青年部(YEG)における講演風景。お隣は当時の福田栃木県知事。

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2019年10月 5日 (土)

あの人の心に残る珠玉の一言その3

この夏、日経新聞の「私の履歴書」のコシノジュンコさんの記事を読んでいて思い出した。平成15年3月に国土交通省から依頼されて地域活性化貢献表彰時に記念講演を頼まれたとき、その審査委員としてコシノジュンコさんが参加されていたが、コシノジュンコさんとイケメンの旦那さんの二人同時に名刺交換をしたのを覚えている。「私の履歴書」でコシノジュンコさんが述べている通り、 積極的で素敵な旦那さんだなと思った次第である。その後、旦那さんからファッションショー、お店の案内などのレターを何度か頂いたからである。

*画像をクリックすると拡大します

コシノさんの地元大阪に目を移すと、大阪のシンボル大坂城では1614~15年に豊臣と徳川の戦が行われた。大坂の陣である。

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☆大坂冬の陣、谷町口の守りに15代前のご先祖、井上時利の名が見える

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☆大坂夏の陣、道明寺の戦い。誉田陵近くに戦国武将井上時利の名が見える

閑話休題

小生、仕事柄、時の人のお話を聞く機会が少なくない。サッカーJリーグ発足前の時の人、川渕三郎さんの講演会に参加してみた。講演会終了後、名刺交換を希望する人たちの列に加わり、名刺交換時に川渕さんへ一つ質問を投げかけてみた。「選手の時代からプロサッカーJリーグの発足まで、続けてこれたその原動力は何ですか?」、川渕さん曰く「パッションを持ち続けることが大切ですよ」。

教訓:『何事も情熱を持ち続けて、一つのことにこだわることが大切』

*余談

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☆旗本井上家にあった元禄時代の家系図

戦国武将井上時利(長井隼人正道利の三男、家系図では井上小左衛門利定)は、美濃国太守の斎藤道三、織田総本家伊勢守家・守護代の織田信安の孫(正確には時利の妻がその孫にあたる)で、関ヶ原の戦いでは織田秀信(信長の孫)方につき、その結果知行地を召し上げられる。大坂夏の陣では豊臣方として後藤又兵衛や真田幸村らと共に道明寺の戦いで討死。しかし、その志(熱意)とこだわり続けた戦歴(関ケ原で西軍、大坂の陣で秀頼方)が徳川家康に認められ、その息子(井上義利、家系図では井上利仲)は赦され2代将軍秀忠の旗本に召し抱えられる。さらに5代将軍綱吉時代に綱吉の息子(夭折)の小姓として別家設立。旗本井上家は、こうして明治維新まで本家、分家とも生き延びるのである。

☆彡

2019年10月 4日 (金)

あの人の心に残る珠玉の一言その2

60歳を超えると、若いときに先輩諸氏から頂いたアドバイスが蘇えってくる。

小生、2001年にはじめてNHK教育の「21世紀ビジネス塾」に2話連続のコミュニティ・ビジネスの解説でテレビデビューを果たした。

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☆藤田さんとの対話が収録され、本になったもの

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その時の司会者が、NHKアナウンサーの藤田太寅さん。藤田さんから『テレビでは、司会者とのやりとりはなるべく短く、30秒から40秒で、長くても60秒で自分の考えをコンパクトにまとめ、すぐに司会者に戻すこと。』とアドバイスをいただいた。

その2話の番組は無事収録が済んで放送が成されたが、しかし、その翌年のNHK総合の「クローズアップ現代」には活かしきれなかった。コミュニティ・ビジネス特集の解説者として出演したが、司会の国谷さんからの問いに2分30秒近く一人で話しをしてしまい。藤田さんからの珠玉の一言を活かしきれなかった。クロ現は生放送で、撮り直しのきかない番組だったのだ。放送終了後、番組の制作統括者からウイットの効いたお言葉をいただいた。『後半の対話部分は良かったですね。』と、思わず顔が赤面する小生であった。生放送であがってしまったのである。

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☆その後、NHKのテレビ番組には、30本ほどの番組に出演する機会を頂いたが、藤田太寅さんのアドバイスをいつも胸に秘めて番組に臨んでいる。

そしてNHKのテレビといえば、失敗談が1つ。2000年代に『難問解決!ご近所の底力』というバラエティー番組が8年くらい続いたが、後半にMCが堀尾さんから和田アキ子さんに代わった。

当時小生は年に2~3回くらいの頻度で、まちの専門家として呼ばれていたが、その回は、和田アキ子さんの隣りでコメントを述べる立場にあったが、つい和田さんに圧倒され、あがってしまったのか、少し寡黙になってしまった。テレビ番組の収録は無事終了したが、積極性が足らなかったのか、担当の女性ディレクターから、『いつもとちがいましたね、どうしましたか?』と言われてしまった。

我ながら先入観に縛られ、意外にも小心者である自己という存在に気づいた。『人を先入観で捉えてはいけない』という重い教訓を得たわけである。次は失敗を繰り返さないぞ、と強く心に誓った次第である。

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☆彡

2019年10月 3日 (木)

潮目が変わるとき、何かが起こる

良心的なお店ほど苦境に立たされている昨今。

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国産の農水産物はうなぎ登りに価格が上昇し、併せて人手不足で人件費が高騰している。

個人のお店では負担しきれないコンピュータ・システム化の更新に、消費税のアップとトリプルパンチを受けている。

後継者が見つからないところは、廃業も視野に入れて準備を始めた。

小さくて、スマートなことが利点になる時代なのに何かがずれ始めている。

異常気象や人口減少、超高齢少子社会だけでは説明しにくい状況だ。

潮目が変わるとき、何かが起こる。

 

2019年9月24日 (火)

あの人の心に残る珠玉の一言その1

あまり人の言うことに耳を貸さない小生にも、心に残る先人の珠玉の一言がある。

毎回いくつか例を挙げて紹介してみよう。

2003年の夏、立教大学大学院の兼任講師をしているころ、資生堂の福原会長(当時)と講師控室でご一緒したことがある。

テレビに映るお顔からすぐに名刺交換をさせていただいたが、小生が全国各地をまちづくりの講演で歩いていることを話すと、「それは良いことですね。日本各地を廻ると、その土地土地の風土や文化が分かり、やがて日本社会の全体像が見えてきますよ。」とアドバイスをいただいた。

あれから気が付いてみると2019年の秋、小生の講演、セミナーの回数は、30数年間で優に3千回を超えた。北は北海道の旭川から、南は鹿児島の離島徳之島、そして沖縄の那覇まで全国各地を講演、セミナーで歩いてきた。

1994年当時、オムロン系のヒューマンルネッサンス研究所の主任研究員として在籍していた時、当研究所の研修で編集工学の松岡正剛さんの話しを聞く機会を得たが、印象に残っているのは、松岡正剛さんが事務局に依頼したことは、『講義中にペットボトルの水を必ず2本用意しておくこと』だった。

小生も、その後の講演、セミナーでは、主催者さんに松岡さんと同じようにペットボトルの水をお願いしている。25年前の当時、まだペットボトルの水を買うという習慣が一般化していなかった時代だ。時に講演先の壇上には、少しカビ臭い水道水の入ったものが用意されていたものだ。

こうして先人松岡正剛さんに講演、セミナー時の心構えをご教示いただいた。ちなみにヒューマンルネッサンス研究所における松岡さんの講義テーマは「花鳥風月」であった。

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日本のお祭り。長野県野沢温泉村湯澤神社の祭りに地縁団体野澤組の3役揃い踏み

 

 

2019年9月22日 (日)

細内信孝著『人にやさしい仕事』コミュニティビジネス総合研究所出版部をぜひご笑覧ください。

市町村が運営している公立図書館の相互賃貸サービスを利用すれば、お近くの図書館から『人にやさしい仕事』の本を無料で取り寄せることが可能です。

東京都稲城市の稲城市立図書館へ細内、東海林著『人にやさしい仕事』コミュニティビジネス総合研究所出版部を6冊寄贈しましたので、そこを経由してお近くの公立図書館の貸し出しで読むことができます。

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詳しくは、お近くの公立図書館へ相談して見てください。

2019年9月 4日 (水)

総務省で行われたアドバイザーの「夏の全体会議」の集合写真です

今年で13年目になる地域情報化アドバイザー全体会議が総務省で行われ、私も参加してきました。

その集合写真がこれです。最初は20人くらいから発足しました。

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私は写真に向かって前列の右端におります。

地域情報化アドバイザー制度発足以来、私は13年連続の古参アドバイザーです。

2019年8月30日 (金)

コミュニティビジネス総合研究所出版部は、細内、東海林著『人にやさしい仕事』を令和元年9月1日に発行しました

京都の製本屋から当社に細内信孝、東海林伸篤著『人にやさしい仕事』コミュニティビジネス総合研究所発行が到着しました。平成の3人の社会企業家からビジネスの世界を逞しく生き抜く知恵を学ぶ本です。

【本の解説】

『人にやさしい仕事』~オイシックス・ラ・大地の藤田会長、さいとう工房の斎藤社長、パリミキの多根元会長の3人の社会企業家から学ぶ18の生きる知恵~ 著者 細内信孝、東海林伸篤 イラスト 横井三歩 

本書は、企業活動に人にやさしい仕事を実践してきた社会企業家を紹介するシリーズ第一弾の書籍である。

日本の青少年を対象として、スーパー小学生から中高生、大学生、ヤングビジネスパーソンまで幅広く読んで欲しい、CB総合研究所が贈る令和のヤングビジネス書である。

コミュニティビジネス総合研究所出版部 時価 86頁 A5判 2019年9月1日発行

『顧客や社員、地域社会にやさしい仕事』の賛同者へは、賛同金の3,980円にて、その返礼品として『人にやさしい仕事』時価と『新版コミュニティ・ビジネス』(1,944円)を郵送(360円)します。

メールにて予約先 hosouchi188@gmail.com まで「やさしい仕事に賛同」と書いてお申込みください。

『人にやさしい仕事』は一般書店では販売しておりません。

詳しくは、こちらから

まず最初に知人が施設長をする児童養護施設に寄贈する予定です。

そこには日本全国で3万人の子供たちが、国内の599ヶ所の児童養護施設で暮らしています。

そして、この小冊子は、若い人にやる気を引き出すブックレットなのです。

ぜひご照覧ください。

☆彡

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