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2010年12月

2010年12月31日 (金)

最近一番印象に残る言葉

最近一番印象に残る言葉は、蓮舫さんの『 2位じゃだめなんですか?』である。

一番を目指すのが一昔前の男たちだ。昔はだれもが日本一を目指した。たとえば俺は日本一の洋食屋になると、地方から夜汽車で上京したものだ。それだけ昔の若者はパワーがあったものだ。

この言葉を聞いたとき、頭にピントきたのである。

わが国は少子高齢社会を迎え、とうとう母系社会への扉を再び開いた。

争いを好まず、全体を大きく包み込む発想は女性ならではの想いだ。

わが国は1万年前の縄文時代以来、元来母系社会であった。

貯蓄のきく米作(弥生文化)が人口を増やし、貧富の差を生み、階級社会を生み出した。

その後武家社会の継ぎ目で母系社会にたびたび回帰している。

1位でなく、2位でも3位、4位でもよいでないか。足るを知る仏教的、東洋的思想だ。

地域環境問題は、この母系社会的な想いなくしてはなしえないことである。

こうした歴史的な複眼思考がいまの市民社会に必要になってきている。

2010年12月26日 (日)

分かち合って、支え合って、共に生きていくのが人間だ。

やっぱり世の中少し変だ。

そう思うのは私だけではないだろう。そんな矛盾のなかで書き上げてきたのが、今回の拙著『新版 コミュニティ・ビジネス』学芸出版社発行だ。

日本の辺境を隅々までまわり、そして世界も可能な限りで見てきた。

今回の拙著『新版 コミュニティ・ビジネス』は、そうした世の中の矛盾や課題を解決する上でのヒントがたくさん盛り込まれている。

私たちは過去の延長線上に”今”があることを忘れてはいけない。

未来はそうした過去の延長線上に存在するものだ。

先人の知恵は貴重で大切だ。結い、頼母子講、通過儀礼の祭りなどと、先人はよいものをたくさん残してくれたではないか(野沢温泉村の野沢組が好例)。

人間は感情の動物であり、集住して暮すものだ。集住して暮すことで人々の健康を維持する機能や役割がある。

だれだ!”おひとり様”をもてはやす様な世の中を賞賛するのは。無縁社会はけして心地よいものではない。

所詮人間は一人では生きていけない動物なのだ。

分かち合って、支え合って、共に生きていくのが本来の人間だ。

2010年12月20日 (月)

NHKのアーカイブスを見る。

つい先日当研究所においてテレビの台本を整理していたとき、NHKのアーカイブスを見た。

よろしかったら皆さんもご高覧ください。

⇒ NHKのアーカイブスを見る

このアーカイブスは保存番組だから、今まで出演したものの中には保存されない番組もあることが分かった(なぜだろうか)。

こうしたアーカイブスは細内所長が言うところの情報財である。

等身大の情報が作り出す共感・共鳴のネットワーク(情報財)が、これからの知価社会のキーワードであろう。

2010年12月16日 (木)

発信型の文化は多極分散型の方がよい。

旅の移動時間を考える。

東京から京都まで新幹線で2時間。

日光までも2時間。

名古屋、仙台へも2時間。

移動手段は新幹線、特急電車などだ。

車も使えるが電車の方が正確な時間が読める。

ビジネス等で移動に効率性が求められる2点間の移動には安定した交通手段が用意されている。これが先進国のインフラ整備の条件だ。

そして、12月16日木曜日の本日午前9時より、京都の学芸出版社から拙著『新版コミュニティ・ビジネス』が発売された。

こうして発信型の文化は、一極よりも多極分散型の方がよい。文化は効率性を求めるのではなく、真理・価値を求めるからだ。

2010年12月10日 (金)

ノーベル賞に思う。知的散策の方法。

本日はストックホルムでノーベル賞の受賞式である。

ノーベル賞といえば、化学賞を受賞した福井謙一先生の前座で講演したことがある。

1994年5月14日大分市での講演である。福井先生はノーベル化学賞を受賞したフロンティア理論でオオトリを務め、講演会を締めくくった。

一方当方は「情報財マーケティング」での講演である。21世紀は情報財が主流になるという演題であった(詳しくは情報文化学会誌VOL.1を参照されたし、グーグルで検索が可能)。

福井先生はメモ魔と散歩の達人だそうだ。

講演会終了後、主催者の好意で市内の料亭にて食事をご一緒したが、福井先生は温和な好々爺であった。

関サバ、関アジを堪能しながら、ノーベル賞受賞者から”知的散策の方法”を直接伝授していただいた訳であるが、細内所長の”散歩好き”と”何処でもメモ”は、この時(30歳代)から意識して行っており、すでに自分のものになっている。明治神宮と新宿御苑への散策は知的散策の一環である。

平成の龍馬よ、何処

現内閣は、いま幕末の蛤御門の戦いの四面楚歌の状況になってきた。

内なる薩摩の小沢隆盛は、私学党を率いて反対勢力にある。

いまこそ坂本龍馬の出番である。

長州の桂菅と小沢隆盛を結ぶ坂本龍馬が欲しい。

平成の龍馬はいったいだれか。

時は鍋(なべ)の欲しい季節である。

2010年12月 8日 (水)

所長の散歩コース

千駄ヶ谷の当研究所に越してきて5年が経過した。

明治神宮と共に所長の散歩コースに新宿御苑がある。昨年までは毎回200円の入場料が必要だったが、今年の2/16より年間パスポート(会員3800人もいるという)ができて、散策コースの質量がともにそろった。当研究所から入り口まで明治神宮も新宿御苑も所要時間はともに8分間だ。人間の左右の肺の中心部、心臓部に当研究所があるカタチだ。

新宿御苑は環境省の管理なので、公園内の植栽に名札が付いていて植物の名前を覚えるのに都合がよい。所長はいつも千駄ヶ谷門から入るが、入り口にある3本のモミジバスズカケノキが大好きである。

今日は桜を観賞してきた。いまどき桜でもないと思われるかもしれないが、”十月桜”というプレートが付いていた。小さな花弁は心和むものだ。

2010年12月 6日 (月)

自然と触れあう日々は気力も充実する。

この1週間、仕事(講演、現地視察等)の関係で各地の大自然と触れあう機会を得た。

月曜日は、愛知県豊田市の里山を。雑木林と田んぼの補完関係が里山の自然を維持している。

火曜日は、愛知県長久手の雑木林の様子を。そして、その中の福祉の村・ゴジカラ村を視察。混じり合って暮らす楽しさと難しさを垣間見た。

水曜日は、東京代々木・明治神宮の杜を。午後から散策。午前の大雨がウソのような晴れ模様。

木曜日は、千葉県習志野市の今は学園町、昔は騎兵旅団のあった習志野ヶ原の面影を。

金曜日は、東京多摩・多摩丘陵の横山の道を。葉っぱ踏み踏みで童心にかえる。

土曜日は、東京新宿・新宿御苑の杜を。楽羽亭茶室でお茶を一服いただく。

そして日曜日は、栃木県足利市のココ・ファーム・ワイナリーの葡萄畑を歩く。久しぶりに池上専務、牛窪室長にお会いした。そして、ご案内していただいた隣接地の社会福祉法人の屋上にある園生100余人分の洗濯物は圧巻であった。

盛夏のためか、各地で真っ赤に燃えつきた落ち葉の絨毯を歩いてきた。

12月だというのにコートも必要なく、風もなくどこも快晴であった。

自然と触れあう日々は気力が充実する。

これが健康生活の源だ。

2010年12月 5日 (日)

忙中に閑あり

12月4日(土曜日)の午後、久しぶりに時間が空いたので、当研究所から新宿御苑の散策後、都営新宿線に乗車し、神田神保町の古書店街をのぞいてきた。

そして三省堂書店の本店4階で本を探しているとき、たまたま与謝野馨さんと体が接触した。

哲学書コーナーの前だが、立ち止まっていた小生に、店員さんと話を交わしながら与謝野さんが近づいてきたというのが真相だ。接触後お互いに軽く挨拶を交わし、その場を離れたが、政治家さんとの偶然の接触は、神宮前での宮澤元首相(2度)に次いでこれで3度目だ。

コミュニティの現場は政治の場そのものなので、コミュニティの現場の研究家である所長には政治家とのご縁があるのかも知れないと感じ入った次第である。

それにしても、なぜ三省堂書店にいたのか与謝野さん。

管さんとの面談に続き、小澤さんとも会うという。キーマンであることに変わりはないか。

忙中に閑(かん)ありか与謝野さん。

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