俳人平畑静塔を思う。
先日日経5/14の夕刊を読んでいてハットした。俳人平畑静塔の記事を目にしたからである。
もう40年近く前になるだろうか。高校1年生の夏、北関東の県庁所在地で1ヶ月間郵便配達のアルバイトをした。時給200円、日給1600円の時代である。
所長の配達区域の中に西川田診療所という小さな医院の配達先があった。いつも分厚いたくさんの配達物が気になって宛名を確認したが、平畑静塔先生という宛名書きが多数あった。医師としての平畑富次郎でなく、俳人平畑静塔を知ったのはそのときだ。以来40年ぶりに新聞紙上でその名前と業績を知ったわけである。
一度だけポストに入りきれない郵便物をベルを鳴らして医院の扉を叩いたが、出てきたのが初老の平畑静塔先生であった。温和そうに見えるがその眼光はキリットしていた。郵便物を渡すと『ごくろうさん』の一言が今も脳裏に残る。
『自由は身の幅のままに』静塔
『地域活動は身の丈で無理をせず』シンコウ(信孝)
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