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2013年10月 7日 (月)

この国の”魔の風体”、すなわち魔風の意味を考える

最近、江戸期のコミュニティと旗本の研究をしている。

江戸愛宕下の御成門前に直参旗本井上愛之助(当方から5代前のご先祖の一人)の屋敷があり、幕末の切絵図に描かれている。いまから152年前のものだ。彼の本国は美濃国で生国は武蔵国江戸、知行地500石は下野国上三川にあった(ちなみに同じ旗本である長谷川平蔵は400石である)。

そして昨日TV『情熱大陸』にて、同じ愛之助の名前を持つ歌舞伎役者の片岡愛之助さんの人間模様が放映されていたので興味深く拝見した。

彼は、一般家庭から歌舞伎界入りと紹介されていたが、彼の言葉で特に印象に残ったのが、もし歌舞伎役者の義父のところへ養子に入らなければ違った人生を歩んでいただろう、だった。高校生の頃、歌舞伎役者の養子になり、その後、その跡目として本流の役が回ってきたという。そのまま普通の人だったら端役しか無かっただろう、とも述べている。さもありなん。

わが国のこうした慣習、しきたりは、歌舞伎界だけでなく、政治の世界や家元制にも言えることであり、父親が代議士であると、その子供が後を継ぐことがたやすくなる。しかし一般人には極めて困難なものだ。ましてや父親が大臣経験の大物、祖父が元首相となると、3代目はいわずもがなであり、その継承路線が約束される。わが国には歌舞伎や代議士だけではなく、こうした魔の風体(私の造語で魔風とも呼ぶ)が連綿と地層のように堆積している。こうした魔の風体を壊すことが、日本の真の意味の再生・革新につながる。

下剋上である戦国時代の楽市楽座は、美濃国で斎藤道三が始めたものであり、信長は娘婿としてそれを継承したものである。戦国時代は、こうした魔の風体(略して魔風と名付ける)を吹き飛ばして世の中を刷新したものだ。ちなみに斎藤道三の末裔の家の一つに、前述の直参旗本井上愛之助がある。しかし江戸の魔風文化は決して下剋上を許さなかった。今につながる日本社会の精神構造の礎は、この徳川期の270年間で培われたものなのだ。江戸の魔風を引き摺る日本人の精神構造は、なかなか今も変わらない、というのが私の持論だ。

ある国の信頼性維持のすごいところは、国の借金がある一定限度額をこえると、国債が債務不履行(デフォルト)になるという安全弁の仕組みを組み込んでいるところだ。

わが国にはそうした歯止めの仕組みがない。国や組織を健全に維持するバランサーがないか、不全なのだ。

これも、この国の魔風の一つに違いない。

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