自由時間評論家・津端修一先生を悼む
昨日世田谷区千歳烏山の蕎麦屋で読んでいた読売新聞の訃報記事が目にとまった。
自由時間評論家の津端修一先生が6月2日鬼籍に入られた。
人生の卒業は90年間であった。
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16年ほど前になるだろうか。
私は、愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンにある津端先生のご自宅を訪ねた。
自ら都市計画をした高蔵寺ニュータウンに住まれていたのだ。
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都市計画家でもある津端先生のお宅は、人工の雑木林とご夫婦の自給自足生活を満足させられる小さな畑を備えていた。
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私が先生とお知り合いになるきっかけとなったのは、仕事柄まちづくり関係者との接点が多かったからだ。そして当時私は、ニュータウンのライフスタイルを研究していた。
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先生と奥様の共著『高蔵寺のニュータウン夫婦物語』を拝読してから、愛知県春日井市にある先生のご自宅へ向かったのである。
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奥様の手仕事、毛織・絹織、染織の現場がご自宅にあった。機織り機と糸車が部屋の真ん中にあった。奥様はホームメーカーと自ら称し、ご夫婦仲良く、自由時間生活を堪能されていた。
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私は夫婦で自由時間生活を楽しみ、日々の生活を紡ぐ生活の現場を見せていただいた。またお孫さんに向けた愛情の深みを拝見し、シニア生活のあるべき姿の一端を見せていただいた。
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あっという間の滞在時間3時間であったが、その後、津端先生とはお手紙のやり取りを何回かさせていただいたが、独特な書体のお手紙を頂いた。そして、それはいつも人間味溢れたお手紙だった。
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*小生のカメラに答えていただいたご夫妻(1999年4月28日訪問)
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*ご夫妻の著書
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ご冥福をお祈りする。
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合掌
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