全国の都道府県立の博物館に物申す
昨日仕事の帰りに吉備国の歴史を探究したくて、烏城近くの岡山県立博物館に立ち寄った。
岡山県もそうだが、古代の国や現在の都道府県が、明治維新時の権力者によって都道府県立の博物館が少し捻じ曲げられているように感じた。それはその風土に寄り添った地域の全体像を把握しにくい状況を作り出しているのだ。
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すなわち幕末時の雄藩の力を分散させるために、おおむね鹿児島、佐賀、高知、山口の各藩を除いて、すべからく幕府・諸藩は分割されている。しかも県庁所在地が藩政時代のままで継続しているのは、鹿児島市、佐賀市、高知市、山口市くらいで、いわゆる薩長土肥の各藩くらいであり、明治維新の立役者たちだ。
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一方、伊達の仙台藩は宮城県と岩手県に分割されたし、前田の金沢藩は石川県と富山県に分割された。
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岡山県も明治維新時に江戸幕府大藩の池田藩と福山藩を分割し、かつ古代国家の吉備の国は、備前、美作、備中、備後の国が2つに分割され、今の岡山県(備前市から笠岡市領域まで)と広島県(福山市から三原市域まで)に分割された。
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よって岡山県立博物館も備後の国の表示、展示は一切なく、吉備の国の全体像を把握できない状況となっている。大和朝廷が一目置く(造山、作山古墳の巨大さや白村江へ2万の兵士を派遣した吉備の国力など)、吉備の国の国力が正しく推測できないのである。古代毛の国も群馬、栃木両県に分割され、両県の博物館でそれぞれ自県のみの歴史文化を紹介している。
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これでは東国の国力が正確に判断しにくいものだし、子ども達にも正しい歴史を伝えていないように思える。
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同じように東京の縄文遺跡・多摩ニュータウン遺跡も、神奈川県(川崎市)側の発掘調査がその研究報告書に一切なく、両都県のレポートをそれぞれ取り寄せて自分の頭の中で統合させて推測するしかない状況だ。
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これは古代も、明治維新も、負の遺産の局面で、21世紀の今、歴史文化の面では、風土に寄り添い統合して展示してもよいのではあるまいか。
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そう全国各地の博物館に物申す次第である。
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