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2017年8月

2017年8月30日 (水)

細内所長、四国の予讃線を行く

今回は、愛媛県松山から南伊予の仕事先まで、バスではなく、あえて鉄道の旅を選んだ。

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目的は予讃線に乗り、松山駅から伊予灘をのんびりと楽しむトコトコ一両列車の旅である。
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*車内は写真を撮る人、景色を眺める人など、人それぞれだ。
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*伊予灘は夕焼けが一番綺麗なのだろう。
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何しろ卯之町まで2時間30分ほどかかるトイレのない列車の旅だ。みんなどうするのだろう?
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すると伊予上灘駅手前で車内アナウンスが流れた。駅にあるトイレを使用してくださいとのこと。12分間の休憩時間があるという放送であった。今時列車を止めて休憩タイムを設けるなど、珍しい列車だ。列車内はほとんどの人が旅行客らしい服装だ。
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伊予上灘駅の休憩時間は、乗客みんなが一斉に下車し始めた
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無人駅前の寂しい風景はどこも一緒
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駅構内はゴミもなくきれいに掃除がされていた
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乗客みんなが降りてきて、駅構内を散策
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無人駅の構内で思い思いに記念写真を撮っていた。
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冬の風物詩、肱川のあらし(大洲盆地から海に向かって霧が流れてくる現象)で有名な伊予長浜駅付近からの眺め、遠くに赤橋が見えた。
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それにしても、予讃線は縁起の良い、面白い名前の駅名が続くものだ。
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*くし36、36協定?労使協定、連想ゲーム
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*はたき、多くの喜びが生まれるところ?
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*はるか、おめでたい?
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伊予大洲駅でも10分前後の休憩時間があり、改札で駅員さんの了解をもらい、駅の入り口をごらんのように撮影することができた。
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四国の山並みは谷が深く、空に向けて段々と家が積み上がっていく。
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8月なのに稲穂は早くも黄金色に輝き、稲刈りの跡も沿線の所々で見かけた。
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目的地のJR卯之町駅に到着。愛大の坂本教授が迎えに来てくれていた。感謝。
これからが本番、当日は、西予市で昼と夜にダブルヘッダーの講演、ワークショップがあり、久しぶりに充実した日であった。
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2017年8月29日 (火)

細内所長が愛媛県西予市における愛媛大学COC講座で講義

8月25日愛媛県西予市における愛媛大学COC主催の野村地域づくりワークショップ(昼間開催)と開成塾大人編講座(夕刻開催)、そして8月26日開成塾こども編講座(午前開催)が開催され、細内所長が2年(2016年度、2017年度)連続して講師を務めました。

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*野村地域づくりワークショップのポスター

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*野村にある地域のシンボル、野村シルク博物館

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*野村地区住民の皆さんのほか、西予市や今治市の地域おこし協力隊の皆さんも参加されました。
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☆愛媛大と野村地域自治振興協議会共催の地域づくりワークショップの風景
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☆細内が写っている写真は、愛媛大学地域連携講座の坂本教授から提供されました。
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現代の蚕糸王国愛媛のシルク博物館

現在、安価な製糸が海外から大量に入り、わが国の蚕糸業は完全に衰退してしまった。しかし、今でも日本産の蚕糸として稼働しているのが、愛媛県西予市野村にある野村シルク博物館である。
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*繭玉から光沢のある細く白い糸になる
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*繭玉を連想させる建物
ここは単にシルク博物館としての展示機能だけではなく、動態展示として地元農家の生産する繭玉から繰糸し、世界でも最高レベルの製糸を生産している。
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*桑の木には赤い実がなる
野村シルク博物館は、全国に4つ残っている製糸工場のうちの一つで、西日本では唯一、製糸(伊予生糸)を生産している小さな工場である(現在日本で流通しているシルクは99%以上が中国やブラジルなどの海外産)。
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*繭玉から製糸を作るための繰糸機械
伊予生糸は白くて繊細で光沢のある製糸で、世界最高水準といわれている。現在、西予市内の養蚕農家8軒(2017年8月25日の訪問時点)が生産する繭玉を使い、その繭玉から糸を紡ぎ、絹糸として国内向けに出荷しているという。
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*繰糸機械はただいまメンテナンス中
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*本日生産された絹糸
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*貴重な伊予天蚕糸を使うと、ショールが一つ5万円もする
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*西予市の広報紙で伊予生糸を特集(2016.12月号)
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*凄い数の繭玉見本
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*本日の繰糸作業は終了とのこと
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*絹織物として着物が展示されている
☆こうした産業遺産も情報財として再編集すれば再び意味情報に変化し、付加価値を持っものだ。これらが人づくり、地域づくりの第一歩となる。
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2017年8月17日 (木)

細内が伊予国野村にて地域づくりワークショップをナビゲートします

細内所長は、8月25日金曜日の14時から西予市野村の乙亥会館にて、地域づくりワークショップのナビゲートをします。お近くの方、参加ください。

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日時:8月25日金曜日 14:00~16:00
場所:西予市野村の乙亥会館
参加費:無料
連絡先:野村地域自治振興協議会
     担当:清家
主催:愛媛大学COC
共催:野村地域自治振興協議会、NPO法人シルミルのむら
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8月25日は、西予市で夜の部の講義:西予開成塾大人編もあります。
そちらもぜひご参加ください。
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8月26日は、西予開成塾こども編の講義もあります。
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いずれも参加費は無料です。
伊予のみなさま、ぜひご参加ください。
細内
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*写真は昨年度のもの

2017年8月15日 (火)

岡山県倉敷市の楯築弥生墳丘墓の謎に迫る

細内所長は、地域づくりという仕事柄、全国各地の古墳や墳丘墓、古代遺跡を数多く見歩きしてきた。

私は、北海道旭川の博物館では、アイヌ文化と北海道の土偶に触れ、青森県では、三内丸山遺跡や亀ヶ岡遺跡、福岡県吉井町(現・うきは市)では、筑後川添いの月岡古墳や珍塚古墳の壁画を拝見し、奄美の徳之島では、線刻石遺跡を案内され、吉備国では、造山古墳、作山古墳、両宮山古墳を案内してもらい、毛国(栃木・群馬)では、侍塚古墳、摩利支天古墳や太田天神山古墳、観音山古墳などに登頂し、宮崎の西都原古墳群では、借りた自転車ですべての古墳を巡回し、さらには大阪堺の大仙陵古墳では、その外縁部を歩いて一周し、その大きさを自ら体感したことを矜持としている古代史研究家である。

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今回はじめて、岡山県倉敷市にある楯築遺跡(弥生後期の墳丘墓)を訪ねる機会を得た。しかも偶然にも墳丘墓の管理をされている方に難儀をしているところを助けてもらい、その墳丘墓と収蔵庫を案内されて、実物のご神体・亀石や発掘された朱を見せてもらうことができた。まさに怪我の功名とはこのことである。不思議な体験である。
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ここの亀石は、実は2体あり、一つが収蔵庫にしっかりと保管され、もう一つの破壊されたものが整理されて岡山大学にある。大王の木棺を上下の亀石で守っていたのである。
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*墳丘部の石の祠に昔はご神体の亀石があったという

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*墳丘部の遠景

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*木棺が埋葬されていたという頂上部付近、岡山大学教授の近藤義郎氏(栃木県足利市出身)によって調査が進められた。近藤氏は月の輪古墳も発掘している。

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*中央の円墳から両脇に突き出しがあり、前方後円墳の始まりではないかと言われている

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*収蔵庫に保管されている朱、桐の小箱に分けて保管されていた。発掘時に32キログラムも出たという朱は、桐箱に納められていたが、小箱でもかなり重いものである。この朱(水銀)は中国製?であるといわれている。

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当日はカンカン照りのなか、JR吉備津駅から歩いて現地入りしたが、丘の上にある墳丘墓の入り口で地神さまと水神さまに偶然にも出会った。これらの石碑を見て、現代社会の地域神であるが、1800年前の弥生後期の神様・すなわちご神体が亀石ではないかとふと感じた。そして、この世とあの世を結ぶ結界の目印がご神体・亀石の役割ではないかと思った次第である。
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*楯築神社・墳丘墓への入り口に地神と水神が並んで鎮座している

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*住宅団地の造成で突き出し部分が失われてしまった(現況)

楯築遺跡からは、2つの亀石が出ているが1つはきれいな状態の孤帯石・ご神体、もう一つは多くの小片に破損された亀石(岡山大学で本物を見ることができた)だ。
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*小片に破壊され埋蔵されていたもう一つの亀石(写真は岡山県古代吉備文化財センターのHPより引用、岡山大学所蔵) 

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*墳丘部から出土した特殊器台(写真は岡山県古代吉備文化財センターのHPより引用、岡山大学所蔵)

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☆収蔵庫の正面に掛かる額の読み方は楯築宮?という

これは私の直感だが、亀石は前述の地神さまと水神さまの考えの源流(1800年前)ではないかと思っている。地神さまは小片に分解され地中に埋蔵された、そして地上に安置された亀石は水神さまとして、後世の楯築神社のご神体として大切に保管・安置されたのではないか、そう思いを強くした次第である。
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2017年8月11日 (金)

大政奉還から150年、武家の商売はうまくいったのか、岡山奉還町商店街

大政奉還(1867)から今年で150年の記念の年になるが、大政奉還後の廃藩置県で職を失った岡山藩士が失業して失業手当(奉還金)で始めた商いの街が岡山奉還町商店街である。武家の商法は難しかったのか?戦後多くの新しい商人が参入して来たという。

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現在、岡山藩士の子孫で生き残った店は、写真のタネ屋さん1軒のみとか。
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多くの藩が武士の失業対策で新天地北海道に渡り、北〇〇、北広島などという地名が多く生まれた。当時の失業対策の歴史がこの商店街にも込められている(細内のFBと同時掲載)

2017年8月 5日 (土)

岡山県津山市の備忘録的写真

最近、仕事でよく訪れる岡山県津山市の風景を写真で表現してみました。

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津山郷土博物館にて、この甕棺凄いです。蚕さんにも似ています。
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美濃出身森忠正の津山城は、外様にしては少し立派すぎる石垣と城郭です。
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*  昭和8年建築の建物です。いまは博物館です。
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昭和のアールデコ調で元市役所だったそうです。
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昔の藩札で今風に言えば地域通貨です。
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津山城は、姫路城にも、そして福山城にも似ています。関東の城が土塁中心だったのに比べ、西国は石の産地が多かったことも関係しています。
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2017年8月 1日 (火)

町の学校の英語版パンフレットを作りました

コミュニティビジネス総合研究所では、『町の学校』の英語版パンフレットを作りました。

ご照覧ください。
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岡山県備前市の閑谷学校(池田藩の設立した庶民の子弟のための学校)
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