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2017年11月 3日 (金)

あのひょうきんな平野権平さんの道

奈良の田原本町は旗本・交代寄合・平野権平の領地である。あのNHK大河ドラマ真田丸にも登場した平野権平さんである。豊臣秀吉の秘書室長を務めたエリートであるが世渡り下手の頑固者で、天下分け目の賤ケ岳の戦いの七本槍で唯一大名になれなかった堅物である。

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日本最古の御社とは凄いもんだ、さすがヤマト

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奈良のセントくんには2つの角がある

平野権平の領地付近は、古代からの巨大古墳がたくさんあったところだ。山の辺の道がとなりを通っていて、天理市の石上神社から桜井市三輪の大神神社までの道は最古の道であり、古代史マニアにとっては、たまらないところである。数年前のこと、京都での講演を終えた後、奈良に移動し、実際に権平さんの道を歩いてみたし、大神神社の奥宮にも参拝した。

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至るところに古墳の案内版があり、たいへん分りやすい説明文だ

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ここは巻向遺跡の中心地であり、三輪そうめんや柿の産地でもある

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古墳の周りの濠は、江戸期から農業用の溜池も兼ねている

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山の辺の道付近は古墳時代前期の古墳が多く、三角縁神獣鏡もたくさん出てくる

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皇室関係の崇神天皇陵もあり、古代史を研究する上でとても貴重な場所だ

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近くには卑弥呼の古墳?といわれる3世紀築造の箸墓古墳もある

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古代鏡の三角縁神獣鏡が33枚も出たという黒塚古墳は、見事に整備され、静かな遺跡公園となっていた

ご当地を訪問した後で判明したことだが、奇遇なのは、小生の母方の5代前の祖母は、江戸幕末にこの旗本平野家から旗本井上家に嫁に来た女性(平野主水の娘)であり、小生にもそのDNAの一部が流れている。私の頑固さ、世渡り下手は、権平さんゆずりなのかもしれない、と思ったわけである(笑い!)

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