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2019年10月

2019年10月13日 (日)

細内所長のランダムレクチャー

CB総研の資料整理をしていたら、細内所長のレクチャー集が出てきたのでご紹介しよう。

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☆当時所属していたヒューマンルネッサンス研究所の主任研究員、第三研究課長時代における小論(研究所機関紙より)

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☆CB総研所長として”花農場あわの”の女性起業家若林さんを交えてある広報紙における細内レクチャー

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☆福岡市役所におけるCB講演会のリーフレット

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☆都市住宅学会20周年記念シンポジウムにおけるパネラーとして招待された時のレクチャー

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☆コミュニティ・ビジネス戦略をAFCフォーラム(日本政策金融公庫農林水産事業本部)に寄稿する

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☆細内所長の松山講演(地域資源からビジネスへ)から地元研究機関がその考察(政策研究セミナー)を行う

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☆CB事例、ココ・ファーム・ワイナリーの紹介記事を監修する(これは、しんくみ情報誌『ボン・ビバーン』で、全国の信用組合の銀行店頭で配布されていました)

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☆CB総研スタッフと一緒に「近代セールス」へ寄稿する

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☆法政大学大学院政策創造研究科の兼任講師時代、地域デビューについて「週刊ポスト」にコメントを寄せる

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☆細内信孝著『新版コミュニティ・ビジネス』の201ページよりワーク・ライフ・バランスについての実例紹介

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近著の『人にやさしい仕事』

©東京侍制作委員会により『人にやさしい仕事』は制作されました。

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2019年10月11日 (金)

『人にやさしい仕事』を公的機関、中学、高校、大学等へ寄贈します

コミュニティビジネス総合研究所は、東京都の稲城市立図書館、多摩市立図書館へ『人にやさしい仕事』を寄贈しました。

公立図書館の相互賃貸サービスを利用すれば、お近くの公立図書館から本を無償で取り寄せ、ご照覧することも可能です。詳しくはお近くの公立図書館へご相談ください。

以前、訪問した宮崎県の石井記念友愛社にも『人にやさしい仕事』を寄贈しました。

た大学へも寄贈中です。すでに信州大学、愛媛大学、岡山理科大学に所蔵されました。

公的な機関、図書館、中学、高校、大学へは、先着10機関限定で『人にやさしい仕事』を1冊寄贈します。

『人にやさしい仕事』希望と書いて、 hosouchi188@gmail.com まで、ご連絡ください。

詳しくは⇒http://www.hosouchi.com/book2.html…

先着順の発送をもって終了といたします(2019年クリスマスまで)。

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☆彡

2019年10月 6日 (日)

北関東の3県茨城、栃木、群馬は、なぜ国民の印象が薄いのか

東京から見た田舎は、ずばり北関東3県の茨城県、栃木県、群馬県である。

そして東京人(都民+千葉県、埼玉県、神奈川県の一部は東京都民であると思い込んでいるだけ)から見た宮崎県、高知県、岡山県、秋田県、岩手県(この5県選定は意図がありません)などは田舎ではない。それらはあくまで地方の一つである。だから政府は”地方創生”を政策の一つに掲げているが、田舎創生は掲げていない。

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シティセールスはバス広告にも及び競争激化だ

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そうした東京人は、自分の生活圏である東京都を生活基盤とするが、彼らの”田舎地”である北関東にはめったに出かけないよって北関東3県は彼らにとって、とても印象が薄いのである

また東京人のバケーションは、北関東の田舎地に行かず、地方や海外に行くますます北関東3県は印象が薄くなるのである。

そして戦後ずーっと、北関東3県は全国に波及する情報発信手段を持たなかったし持つ必要も生じなかった。その一つに例えば、栃木県は最近まで県内をカバーする独自の民放テレビ局がなかった。半面東京人と同じテレビ映像がすべて映るという”都会・田舎(とかいなか)”という、半ば茶化されたキーワードに自己満足していた。プロスポーツチームも同様で、最近まで県内にプロチームは誕生していなかった。プロスポーツチームの誕生は、全国の都道府県の中でもかなり遅い方であるこれでは栃木県としてのアイデンティは育たないし、また東京人(田舎都民も含む)や地方人から見ても、栃木県にほぼ類似する北関東の茨城県、群馬県も同様に、東京の田舎はまったく印象に残らないのである。

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これには、江戸時代に起因する背景がある。徳川の支配地が関東の大部分を占めていたが、特に北関東3県は、徳川の親衛隊である旗本領地が大多数を占めていた。たとえば一つの村を旗本複数家が治める”相給(あいきゅう)”という分割状態が長く続き、それらが村内や村同士の対立を生み、まとまりのかけた統治文化が北関東の3県エリアを大きく支配していた。

熊本藩や鹿児島藩、仙台藩のような大藩による一体感もないし、村を支配する殿様(旗本、地頭)が江戸在住では、独自性を出すこともしにくい状況にあった。この支配体制による生活文化(お上・殿様に従順であれ!)が現代まで引き継がれているのが、北関東の茨城、栃木、群馬の3県である。そして埼玉県、千葉県、神奈川県(東京隣接地の中には、自分は東京に通う東京人であると思い込んでいる田舎都民がいるから尚更たちが悪い)にも、その影響が色濃く残っているのが関東地方である。

このことが、40年間にわたり全国各地を講演・セミナーの仕事で歩いてきたことと生を受けてから高校まで多感な青少年期を北関東で育った歴史研究者地域コミュニティ研究者である、私の経験則的持論である。

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商工会議所青年部(YEG)における講演風景。お隣は当時の福田栃木県知事。

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2019年10月 5日 (土)

あの人の心に残る珠玉の一言その3

この夏、日経新聞の「私の履歴書」のコシノジュンコさんの記事を読んでいて思い出した。平成15年3月に国土交通省から依頼されて地域活性化貢献表彰時に記念講演を頼まれたとき、その審査委員としてコシノジュンコさんが参加されていたが、コシノジュンコさんとイケメンの旦那さんの二人同時に名刺交換をしたのを覚えている。「私の履歴書」でコシノジュンコさんが述べている通り、 積極的で素敵な旦那さんだなと思った次第である。その後、旦那さんからファッションショー、お店の案内などのレターを何度か頂いたからである。

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コシノさんの地元大阪に目を移すと、大阪のシンボル大坂城では1614~15年に豊臣と徳川の戦が行われた。大坂の陣である。

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☆大坂冬の陣、谷町口の守りに15代前のご先祖、井上時利の名が見える

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☆大坂夏の陣、道明寺の戦い。誉田陵近くに戦国武将井上時利の名が見える

閑話休題

小生、仕事柄、時の人のお話を聞く機会が少なくない。サッカーJリーグ発足前の時の人、川渕三郎さんの講演会に参加してみた。講演会終了後、名刺交換を希望する人たちの列に加わり、名刺交換時に川渕さんへ一つ質問を投げかけてみた。「選手の時代からプロサッカーJリーグの発足まで、続けてこれたその原動力は何ですか?」、川渕さん曰く「パッションを持ち続けることが大切ですよ」。

教訓:『何事も情熱を持ち続けて、一つのことにこだわることが大切』

*余談

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☆旗本井上家にあった元禄時代の家系図

戦国武将井上時利(長井隼人正道利の三男、家系図では井上小左衛門利定)は、美濃国太守の斎藤道三、織田総本家伊勢守家・守護代の織田信安の孫(正確には時利の妻がその孫にあたる)で、関ヶ原の戦いでは織田秀信(信長の孫)方につき、その結果知行地を召し上げられる。大坂夏の陣では豊臣方として後藤又兵衛や真田幸村らと共に道明寺の戦いで討死。しかし、その志(熱意)とこだわり続けた戦歴(関ケ原で西軍、大坂の陣で秀頼方)が徳川家康に認められ、その息子(井上義利、家系図では井上利仲)は赦され2代将軍秀忠の旗本に召し抱えられる。さらに5代将軍綱吉時代に綱吉の息子(夭折)の小姓として別家設立。旗本井上家は、こうして明治維新まで本家、分家とも生き延びるのである。

☆彡

2019年10月 4日 (金)

あの人の心に残る珠玉の一言その2

60歳を超えると、若いときに先輩諸氏から頂いたアドバイスが蘇えってくる。

小生、2001年にはじめてNHK教育の「21世紀ビジネス塾」に2話連続のコミュニティ・ビジネスの解説でテレビデビューを果たした。

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☆藤田さんとの対話が収録され、本になったもの

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その時の司会者が、NHKアナウンサーの藤田太寅さん。藤田さんから『テレビでは、司会者とのやりとりはなるべく短く、30秒から40秒で、長くても60秒で自分の考えをコンパクトにまとめ、すぐに司会者に戻すこと。』とアドバイスをいただいた。

その2話の番組は無事収録が済んで放送が成されたが、しかし、その翌年のNHK総合の「クローズアップ現代」には活かしきれなかった。コミュニティ・ビジネス特集の解説者として出演したが、司会の国谷さんからの問いに2分30秒近く一人で話しをしてしまい。藤田さんからの珠玉の一言を活かしきれなかった。クロ現は生放送で、撮り直しのきかない番組だったのだ。放送終了後、番組の制作統括者からウイットの効いたお言葉をいただいた。『後半の対話部分は良かったですね。』と、思わず顔が赤面する小生であった。生放送であがってしまったのである。

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☆その後、NHKのテレビ番組には、30本ほどの番組に出演する機会を頂いたが、藤田太寅さんのアドバイスをいつも胸に秘めて番組に臨んでいる。

そしてNHKのテレビといえば、失敗談が1つ。2000年代に『難問解決!ご近所の底力』というバラエティー番組が8年くらい続いたが、後半にMCが堀尾さんから和田アキ子さんに代わった。

当時小生は年に2~3回くらいの頻度で、まちの専門家として呼ばれていたが、その回は、和田アキ子さんの隣りでコメントを述べる立場にあったが、つい和田さんに圧倒され、あがってしまったのか、少し寡黙になってしまった。テレビ番組の収録は無事終了したが、積極性が足らなかったのか、担当の女性ディレクターから、『いつもとちがいましたね、どうしましたか?』と言われてしまった。

我ながら先入観に縛られ、意外にも小心者である自己という存在に気づいた。『人を先入観で捉えてはいけない』という重い教訓を得たわけである。次は失敗を繰り返さないぞ、と強く心に誓った次第である。

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☆彡

2019年10月 3日 (木)

潮目が変わるとき、何かが起こる

良心的なお店ほど苦境に立たされている昨今。

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国産の農水産物はうなぎ登りに価格が上昇し、併せて人手不足で人件費が高騰している。

個人のお店では負担しきれないコンピュータ・システム化の更新に、消費税のアップとトリプルパンチを受けている。

後継者が見つからないところは、廃業も視野に入れて準備を始めた。

小さくて、スマートなことが利点になる時代なのに何かがずれ始めている。

異常気象や人口減少、超高齢少子社会だけでは説明しにくい状況だ。

潮目が変わるとき、何かが起こる。

 

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