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2024年12月

2024年12月17日 (火)

私の小さな社会貢献活動、著作54冊-所蔵数86冊を稲城市立図書館6館で寄贈達成

先日地元東京稲城市図書館に拙著・研究報告書を納めてきた。これで著作件数は54件を超え、稲城市内6館すべてで所蔵されている拙著・研究報告書の数は、とうとう86冊となった。

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*書棚にコーナーもできた

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我ながら小さな社会貢献活動の成果であり、誇りに思っている。大谷選手のホームラン数と盗塁数の50-50には比べようがないが、私なりに成し遂げた著作数54件-蔵書数86冊である。大谷流でいうならば、著作数並びに蔵書数は50-80というべきか。

エビデンス検証は:東京都稲城市(人口9万4千の町)の蔵書検索のOPACから細内の名前を入れて検索してみよう

☆彡

思い出:CBNの会合にスマートバレー公社のビル・ミラー教授を迎えて

思い出の写真は、1997年10月米国スマートバレー公社のビル・ミラー副会長(スタンフォード教授)を迎えてのCBN講演会の風景


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左端にエコマネーの加藤氏、MCは細内、右端にミラー教授と通訳者

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ミラー教授と通訳者

ミラー教授に墨田区の伝統工芸者片岡さん制作の日本屏風をお礼に差し上げたのが私の思い出に残っている。何を差し上げたら彼が喜ぶか、苦心したからである

☆彡

2024年12月14日 (土)

谷川俊太郎は「そして」という接続詞を残して‥‥

「そして」のそしては、私が続く

谷川俊太郎の鬼籍入りを風の便りに耳にして

彼の詩集「そして」を本棚から取り出した

 

そして

夏になればまた蝉が鳴く

花火が記憶の中でフリーズしている

遠い国はおぼろだが

宇宙は鼻の先

なんという恩寵

人は死ねる

そしてという接続詞だけを残して

 

私たちの人生は、「そして」の連続だ

私が、1996年から1998年の3年間にわたり、ヒューマンルネッサンス研究所在籍中に総合プロデュースし、自ら登壇したコミュニティとコミュニティ・ビジネスに関する公開シンポジウムの写真が、書斎の本棚から谷川の詩集とともにこぼれ落ちてきた。

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1996年当時は、髪の毛は黒グロであったが

そして今(あれから28年が経過した2024年現在)、私の髪の毛は真っ白となり

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2023年12月19日台北市の現代客家地域経済フォーラム(台湾客家委員会)にて基調講演を行う

日本国内や異国の地でも市民・住民、地域コミュニティの役に立つよう今も「そして」の講演を続けている

☆彡

2024年12月 4日 (水)

堀田先生を悼む

本日2024年12月4日堀田先生が11月下旬に鬼籍入りされたことを大手新聞で知った。

11年前に京王相模原線の若葉台駅から新宿駅まで車中談義をさせていただいたことを思い出す。

京王線の車中で堀田力先生と生き方、働き方の問答をする: 細内所長の旅日記  hosouchi188@gmail.com

「これからは、老々介護が必要になるだろう」といわれた先生の言葉が忘れられない。

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身近なところで介護サービスを見る機会が増えた。

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老々介護も、ボランティアや市民活動、相互支援が大切だ。

堀田先生のご冥福をお祈りする。

☆彡

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