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住まい・インテリア

2010年6月 4日 (金)

団地生活30年に想う

細内所長は大学卒業後、東京近郊の団地生活がもう30年近くになる。

1980年代の前半は千葉県松戸市にある常盤平団地(当時の常盤平は満室で人気の団地だった)のお隣の2DK、50平米の公団賃貸団地だった。

1989年からは神奈川県川崎市北部にある西菅団地、ここでは当時最新設備で電話による遠隔操作で風呂が沸かせる3LDK、75平米の川崎市住宅開発公社の分譲団地だった。

2001年からは多摩ニュータウン最後の開発エリアで床暖房も完備した高層の500世帯を超える民間の大型分譲団地であった。

いずれの団地も典型的な職住分離によるライフスタイルであり、今もその団地生活は続いている。

昨年福岡の麻生さんのお宅を講演の帰りに主催者のお一人からご案内をいただいたが、あちらは3万坪の大邸宅、こちらは23坪の狭い団地暮らし。ため息がでたものだ。

そして職場まで平均通勤時間が60分、1日120分も電車に乗っている。人生の内でもう数年分は電車に乗っただろうか。

庶民はつらいよだ。

宮澤総理はかって生活大国を標榜していたが、庶民の生活はちっとも豊かにならなかった。

宮澤さんとは、最晩年に原宿駅近くのご自宅の前でお話しすることが2回もあったが、この話題は聞かずじまいだった。今思うとたいへん残念である。

所長にはふるさとに帰る場所はない(東京に住む団塊世代の地方出身者はみんな同じだろう)。

ふるさとでは”今浦島太郎”で、兄弟の家族が住んでいるからだ。

団地生活に何をか思うやだ。

庶民はつらいよ。