私の中の2つの幼稚園
私は父の転勤で2つの幼稚園を卒園した。
正確に言うと一つが修了、そしてもう一つは卒業した。
一つ目は、その名も”みさお幼稚園”


校章は当校英語講師の川上澄生によるもの、UJKが百合の中にある
一年保育の昭和37年度すなわち第15回(昭和23年~だから、昭和38年3月は15回目にあたる)修了だから1962年のこと。
栃木県立宇都宮女子高校付設幼稚園だからお姉さん達と一緒に正門から入り、ランドマークの操橋を渡って通園した。
大好きな川上澄生は、戦後ここの英語講師だった(戦前は宇都宮中学の英語教師)。
祖母の母校(大正8年卒業)、100周年記念の操橋の文鎮
一般のバスで5歳児がひとりで通ったが、我ながら大したものだ。
☆彡
もう一つは、佐野市田沼の曹洞宗の幼稚園で明星幼稚園という
園の卒業は、東京オリンピックの年だ。本堂でのお泊りが印象に残る幼稚園だった。
園長の滝口和尚と鈴木格禅先生は駒沢の同期で家族ぐるみの付き合いだったことを60数年ぶりに準子先生から聞いてびっくりした。
大人になってから成城山耕雲寺の座禅会で格禅先生のご提唱をよく聞きに行ったからだ。ご縁はつながるものだ。
明星幼稚園ゆり組のみんなと
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