日記・コラム・つぶやき

2018年9月25日 (火)

昔結婚式の行列は長かった

昔のキツネの嫁入りではないが、結婚式の行列は長かった。しかし昨今の行列は、少子化と簡素化の影響なのか、その行列は年々短くなっているようだ。

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これ経済縮小の始まりなり。消費量や税収が縮小するなら、その母数を増やすか、消費税率を上げるか、2者択一となる。当然来年10月から税率は8%から10%へという流れになる。
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この式場は一人3万円を超える。招待客の人数にもよるが1回の式披露宴で優に500万円は飛んでいく勘定だ。
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2018年8月31日 (金)

人生の転換点を上手くつかむことがプロの生き方だ

いま人生に成功をおさめている人物の生きざまを研究している。

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その成功への共通点を探究しているといっても良いだろう。
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彼らも多くの失敗のもとに這い上がって、苦しんだ末に徳を獲得した。やがて王道を得るのである。
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戦国時代の斎藤道三も織田信長も、最初は徳を求めて領国経営をはじめるが、結局は自ら蒔いた種、覇権主義によってその生涯を閉じることになる。
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成功者(プロ)には必ず人生の転換点がある
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ある人は、海外視察で出かけたフランス旅行をきっかけに人マネをしない、人と違ってよい、人間は一人ひとり能力が違うことに気づく。彼は、今までの自分が世間に対しても、学校に対しても、周りに合わせることで卑屈になっていた。そんな自分に気が付いたのである。そこから彼の人生、ビジネスは前向きに回りはじめる。
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もう一人の人生の転換点は、自分の行動に違和感を覚えたある人の話し。競争社会の中で勝者になることを人生最大の目標にしてきた彼は、何をやっても一生懸命に取り組み、大方はその世界で一番になっていった。しかし中年にさしかかると、そうした生き方に疑問を持つようになった。勝者はいずれ敗者になる。覇権主義的な生き方では、先が見えてしまう。自分の心にあった等身大の生き方、競争相手が存在しない、言わば、相手(顧客)の顔がよく見える”徳による行い”に転換しよう、と心に誓ったその日から、彼の行動はまわりの人々に優しくなっていった。
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三人目のその人は、若いころ始めた事業で、産地までトラックをチャーターしてジャガイモを買い付けに行ったが、売れ残りが出てしまい、近所の八百屋よりも早く痛んでいくのを目の当りにした。農薬や化学肥料を使わない農産物は本物で野性味に溢れたいへん美味しいが、反面傷みやすく、鮮度管理が大切であることを身をもって知ったわけだ。しかし彼はこんなにも美味しい農産物を欲しがる人が大消費地東京にはたくさんいるはずだ、と確信をもって有機農産物の販売事業を本格化したのである。これも彼にとって人生の一大転換点であった。
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こうして人生の転換点に気づく人は幸せである。一生気づかずに終える人の方が圧倒的に多い昨今である。
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昭和の時代、若者なら誰もが日本一を目指す風が吹いていた。そんな日本一を目指す八百屋、魚屋、和菓子屋、寿司屋、フランス料理店などが出てこない、活力の乏しい社会(商店街)になってしまった。いま全国各地の衰退する商店街は同じ顔をしたチェーン店ばかりだ。
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私の転換点:企業の主任研究員を辞して、独立したときに出した書籍が、いまの自分を支えている。仲間の協力もあり、この書籍はおかげさまで13刷りまで版を重ねた。
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2018年7月25日 (水)

ぼくの好きなパン屋さん

良い仕事には、良い職場

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良い職場には、良い笑顔
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良い笑顔には、おいしいパン
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ぼくの好きなパン屋さん
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ぼくは今日も行く、麦の穂のパン屋さん
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☆彡

2018年7月20日 (金)

限界集落の衰退を食い止めるには何家族何人の移住が必要か

先週7/15の「NHKスペシャルの人類誕生」のなかで、最低何人のカップルが移住すれば現地に定着できるか、という実験考古学の放送があった。これをスパコンで計算すると5カップルの10人以上が最低ラインと出た。

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ここで思い立ったのが、今から700年前の栃木県日光市足尾郷の5姓移住である。西暦1315年に日光の中禅寺から移住者として齋藤、細内、星野、神山などの5姓14人が山峡険しい足尾郷へと移住した。これは江戸期の足尾銅山開発前のことで、移住者5姓14人のその後の繁栄を見ると、スパコンの結果とほぼ一致する。
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将棋スパコンが人間棋士と対局しても優越がつけ難く、良い勝負になってきたことにも相通じる。よって経験則を著した過去のさまざまな文献なども貴重な資料である。特に地震や津波、豪雨などの自然災害に関する記述はたいへん重要な存在である。最近スパコンによるそうした解析も始まっている。
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そして限界集落の衰退を食い止めるには、この法則が適用できると考え、単に移住を呼びかけるのではなく、集落単位で5家族10人以上の計画性と動機付けをもって移住の推進を展開していくことを、過疎地の自治体にはお勧めしたい。漠とした移住促進では、年間37万人も人口が減っていくわが国の現状を止めることはもはや不可能に近いだろう。
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2018年7月 6日 (金)

自分より年下の叔父、叔母の誕生が地域活性化には有効だ

先日東京新宿のホテルで母方の従兄弟会が開催された。小生を始め還暦を超えた従兄弟達が関東各地から集まり、親交を深めた。

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新宿のバスタ新宿(バスターミナル)を望む

従兄弟たちの父母や祖父母の話になり、昔は兄弟が多かった話しになった。一番上の伯父の話し、そして一番末の叔父との年齢の差になった。兄弟が10人を超えると年齢差も20数年の開きが出来てくる。例えば一番上の伯父の子は、その一番下の子よりも年上の場合が出てくる。つまり年下の叔父、年下の叔母の誕生である。
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いずれも明治、大正にかけて生まれた先人たちは、こうしたことがどこにでもあり、普通のこととしてみんな一緒に育てられた。小生の母方の祖父の兄弟は12人であり、父方の祖母の兄弟は13人もいた。何れも大家族であった。
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今年明治維新150年だが、明治初期の(壬申戸籍によれば)日本の人口は3,500万人からスタートし、大正8年(1919年)には人口5,500万人まで膨張し、その後1940年には7,250万人、そして現在の2018年には12,650万人と成長の一途を辿ってきたのであるが、すでに人口のピークは過ぎ、下降局面に入っている。それに伴い、たとえば銀行の統合再編やメーカーの生産縮小等が始まっている。
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地方では自治体や経済面も含めて課題山積であり、生き残りをかけて、その再生・活性化の模索が続いているが、こうした地域活性化には人口の増加が一番の特効薬であり、わが国の明治維新以降の歴史を見ても明らかである。
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これが我が従兄弟会の結論である。
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2018年6月19日 (火)

「コミュニティ・ビジネスにおける自治体等とコミュニティ活動事業者の連携による地域経済活性化事業実態等調査研究」報告書

最近コミュニティ・ビジネスへの回帰が始まっている。細内への問い合わせや20年前に上梓した書籍「コミュニティ・ビジネス」への反響も再び出てきた。不思議なことだ。
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細内が経済産業省のコミュニティ・ビジネス研究会に委員として参加した当時の報告書があるのでご紹介しよう。
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平成 14 年度「コミュニティ・ビジネスにおける自治体等とコミュニティ活動事業者の連携による地域経済活性化事業実態等調査研究」報告書 平成15年3月発行
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また経済産業省系の独立行政法人経済産業研究所における細内の講演議事録も公開されている。
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そして細内所長は、2009年参議院事務局のコミュニティ研究会にも委員として参加している。その研究成果を『地域コミュニティ再生への一視点』として、第3特別調査室でまとめている。
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詳しくは、こちら
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2018年6月16日 (土)

学生に知ってもらいたい研究者と学者の違い

私は、30数年間にわたり一研究者であって学者ではない。

いわば真理究明に真正面から取り組む猿田彦的な存在なのである。
1999年に細内信孝著『コミュニティ・ビジネス』中央大学出版部を上梓したが、この本は社会学やコミュニティの現場などで、NPO法や介護保険法の施行前後のこともあって、多くの影響をもたらした。そして20年が経過した現時点(2018年)から見た批評を加える若い学者がいまだに少なくない。
しかし、1990年代の研究成果に20年も経過した現時点での視座をもって批判するのはお門違いである。
研究者とは、よく調べて考え、真理を極める人のことであるから、新しいことを発見することに力点を置いている。

それに対して大学などで教鞭をとる教員(一般的な学者)は、その学問分野に対して正しい受け答えが必要になり、間違えは許されない。よってその内容を充分吟味する必要がある。だからといって学者が真で研究者が偽であるとは限らない。

研究者と学者は立ち位置や真理の究明方法が違うのある。研究者はアート的に現場でフレームワークを組み立てデザインする、一方学者は現場のデータを収集分析しサイエンスを行う。

だからこそ、学者は先行する研究者へのリスペクトと批評には充分注意を払って望んでもらいたい。世の中には両者が必要なのだから。
このことを若い学生、研究者、学者を目指す人に正しく伝えてほしい。
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2018年6月 7日 (木)

おせっかい伯父さん、おせっかい伯母さんが住んでいる町は安心・安全だ

おせっかいな伯母さん、おせっかいな伯父さんが住んでいる町は、せわしなくて少しわずらわしい

でも温かみがあり、何となくだが心地よいものだ

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そして彼らがいることによって町全体に目配りがいきとどき、安心で安全な町を維持している
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時にはそんな町に住みたいものだ
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細内作
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*副都心
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*東京下町
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*東京郊外部
☆ブロンズ制作者の黒川先生は、この姿をどう思うかな

2018年5月16日 (水)

東京墨田区の町工場からパラリンピック・レガシーが生まれる?!

先日3回目の取材で東京墨田区本所にある(有)さいとう工房(電動車いすの製造・修理)の斎藤さんに面談してきました。写真は開発中の電動車いす型の掃除機だそうです。

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これがあれば、シニアでも障碍者でも、仕事として楽に掃除ができるようになります。これは、さいとう工房さんへ出入りしている方々、特に電動車いすのお客さんである身体障碍者の方のニーズから生まれた電動車いす型掃除機だそうです。
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この電動車いす型掃除機が、今後東京パラリンピック・レガシーの一つになることを期待しております。取材を通して感じることは、齋藤さんの真の狙いは障碍者の働く場の拡大に繋げたいという熱い思いです。レガシーはハードだけではなく、こうしたソフトの拡大も意識してイノベーションに取り組むことも大切ですね。
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2018年5月 5日 (土)

みな先を見越しての経営統合だろうか?そして今

先祖調べをしていると、明治生まれの祖父母の兄弟は10人前後いたが、昭和一桁生まれの父母の時代で6人前後に減り、そして昭和30年代生まれの私の時代で3人となる。そして今や出生数は94万人、死亡者数は134万人で毎年40万人ずつ減少する社会になった。これが日本の真の姿だ。Photo






























私の関係する先で、3つの地方銀行が1つの銀行となり、きらぼし銀行となった。
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同様に競争会社だった大手有機宅配業の3社が、最近1つになった。Dsc_0644
みな先を見越しての経営統合だろうか?そして今コミュニティ自治の弱体化も、農地経営の弱体化も、すべて戦後の政策が出発点。かつて岡山県倉敷の大原さんは800haの大地主、太宰治の実家、青森の津島さんは200haの大地主。いずれも大規模農地経営をし、生産性を高めていたが、今や全国的に小規模農業が主流で、しかもその担い手は高齢者が中心の農業では、国際的な生産性には遠く及ばない。だから耕作放棄地が、全国各地で散見されるのである。戦後70年が経過し、そして維新150年の節目の年を迎えた日本。仕切り直し、洗濯が再び必要な日本なのだろうか。Dsc_0685 Dsc_0640

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