日記・コラム・つぶやき

2025年12月27日 (土)

私の中の2つの幼稚園

私は父の転勤で2つの幼稚園を卒園した。

正確に言うと一つが修了、そしてもう一つは卒業した。

一つ目は、その名も”みさお幼稚園”

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校章は当校英語講師の川上澄生によるもの、UJKが百合の中にある

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一年保育の昭和37年度すなわち第15回(昭和23年~だから、昭和38年3月は15回目にあたる)修了だから1962年のこと。

栃木県立宇都宮女子高校付設幼稚園だからお姉さん達と一緒に正門から入り、ランドマークの操橋を渡って通園した。

大好きな川上澄生は、戦後ここの英語講師だった(戦前は宇都宮中学の英語教師)。

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祖母の母校(大正8年卒業)、100周年記念の操橋の文鎮

一般のバスで5歳児がひとりで通ったが、我ながら大したものだ。

☆彡

もう一つは、佐野市田沼の曹洞宗の幼稚園で明星幼稚園という

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園の卒業は、東京オリンピックの年だ。本堂でのお泊りが印象に残る幼稚園だった。

園長の滝口和尚と鈴木格禅先生は駒沢の同期で家族ぐるみの付き合いだったことを60数年ぶりに準子先生から聞いてびっくりした。

大人になってから成城山耕雲寺の座禅会で格禅先生のご提唱をよく聞きに行ったからだ。ご縁はつながるものだ。

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明星幼稚園ゆり組のみんなと

☆彡

2025年12月23日 (火)

思い出の川上澄生コレクション

ここ10年間で収集した私の川上澄生コレクション

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彼の宇都宮鶴田在住時代、初期の作品

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彼の宇都宮鶴田在住時代、初期の作品

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戦後宇都宮女子高校英語講師時代の版画同人誌「鈍刀」での自画像作品

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彼の代表作の一つ、昭和14年の日本版画協会展出品作 「南蛮船図A」

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戦後川上は、波作品を多数発表し、波を版画で表現するとこうなる、とのべている

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川上澄生作品独特の南蛮人たち

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昭和36年栃木県立図書館の学習会からスタートした版画同人誌「版芸」は、館長が戦前宇都宮中学で川上と机を並べたかつての同僚・親友村山力で、そして版芸の事務局は宇中時代の教え子で、当時栃木県立図書館職員の赤間一雄であり、彼は自宅に事務局を移しながら40年近く版芸を発行し続けた。版画は「小諸の懐古園」で赤間一雄の作品である(筆者蔵)。

☆彡

2025年12月15日 (月)

1925年アールデコ・パリ万博のポスターに共感を覚える川上澄生作品

の実家は、戦前の旧制中学教師(英語)、版画家の川上澄生の家と同じ町内会にある。

私は、子供のころから彼が描いた宇都宮市内の菓子屋の包装紙など、彼の絵が好きで、今でも彼の版画を30点ほど収集している

先日日本経済新聞(朝刊)のアールデコ・パリ万博ポスター(1925年)の紹介紙面を見ていて、びびん~ときた。

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この絵の飛び跳ねる鹿を背景にした女性の躍動感が、川上澄生の次の作品”初夏の風”(1926年)の”つむじ風?”と姉妹作品でないかと思ったほど、その類似性は高いように思う。

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☆栃木県立宇都宮高校にある川上澄生作品のレリーフ

川上澄生も戦前英語教師をしながら、アールデコを勉強していたのだろうか。

カナダ、アラスカから帰国後、宇都宮中学の英語教師になる前に、一時川上は東京で看板屋の仕事に就いていたので、この分野は、もともと彼の関心が高かったものと思われる。

このことは、彼の作品に対する私の初めての”発見”である。

こうしたインスピレーションは共感を呼ぶもので

知り合いの美術館学芸員さん何名かに確認してみたが、私の直観、発見に共感してくれた人もおり、その日はたいへん嬉しい気分になったものだ。

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☆へっぽこ先生こと川上澄生のレリーフがある元勤務先の栃木県立宇都宮高校

たばこ好きの彼は、横浜産ながら宇都宮をこよなく愛した。

☆彡

2025年8月21日 (木)

ムーミンパパの老後エッセイ

1970年代の多摩ニュータウン南東端に連なる柿生の里の住宅開発の様子が、山室静のエッセイから読み取れて懐かしい。

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かつて私も住んでいた柿生の里の環境激変だ。山室さんは1949年から柿生の里に住み、日本にムーミンを紹介した児童文学者で、信州佐久岩村田の出身だ。私も信州大学で4年間勉学に励んだ。

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地元の図書館から取り寄せた山室文学。老後の読書に最適な山室静さんの三大エッセイ集だ。柿生の里には狐狸庵先生こと遠藤周作先生も1963年から柿生(玉川学園)の里に住んでいた。同じ里のムジナたちだ。

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2025年6月 7日 (土)

わが従弟会・山羊の会(細内ブログの通算1555回記念号)

母方のわが従弟会・山羊の会は仲が良い。明治以降商家の大家族(下記写真)のもとで育ったせいか、みんな和気あいあいとしている。

先日も従弟会9回目(コロナで中断していたが再会した)の総会が新宿の南国酒家で開催されたが、特別編として今年の晩秋に名古屋開催を予定している。

そこで名古屋(愛知県)、岐阜など、今まで私が両県で仕事をしてきたその足跡を改めて紹介しよう。

岡崎市の中央図書館オープンに伴う地域デビューの講座

名古屋の将来を語る懇談会:市長主催 2005: 公式ブログ  細内所長の旅日記 

2004年開催の愛知県地域ビジネス・フェア

細内所長の岐阜県における講演会活動(2001年~今まで)はこちら: 公式ブログ  細内所長の旅日記 

今回ブログにしたためなかった講演地は他にも沢山あり、蒲郡市で開催された愛知県商工会議所連合会の講演会や北名古屋市、豊橋市、豊田市、名古屋市(教育委員会主催)、半田市、弥富市、豊川市、尾張旭市、犬山市(名鉄ホテルにて)などがある。

以外にも中京方面には足蹴く通っていたことになる。

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わが家のファミリーヒストリー女系編:私の原点は、母方の栃木県壬生町にある干瓢問屋小島屋の記念写真(私から4代前の当主(中央のひげ爺さんこと山羊じじぃ)とその家族、従業員たちにある。大正の中期ころか)
山羊じじぃは、今風に言えば、起業家・ベンチャーでもあった。一代で県下有数の乾物商会を作り上げた。

私の研究に関する新規性の原点は、この母方の血脈にある。

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2025年6月 4日 (水)

長嶋選手、60数年間どうもありがとう

60年前の小学校の作文に将来の夢は野球選手になると書いた。

北関東で育ち、地元に来るジャイアンツのオープ戦を毎年見に行ったが、試合前の長嶋はいつも外野までトレーニングをしにわざわざ出向いてくれた。彼一流のファンサービスだ。

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大人になり、よみうりランドの近くに住むようになり三十数年が過ぎた。長嶋が時々イベントでよみうりランドに来ると分かれば、天安の前で待った。そしてその時々の彼の姿を確認した。

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今日地元稲城市の東京ジャイアンツタウンにお別れの記帳台が設けられた。お別れの記帳をしてきた。長嶋選手、60数年間どうもありがとう。 合掌

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2025年1月22日 (水)

わが国のソフトの劣化がとても心配だ!

私は、日本社会のソフトの劣化(問題解決能力の劣化)をとても心配している。

ハード面の劣化、すなわち水道や道路、そして橋、建物などの劣化は周知の事実だが、最近会社や役所などの組織面の劣化を日常生活で散見する。

組織全体を見渡して全体を認識、調整、リードする人材が欠如しているからかもしれないが、根本の問題は、正規と非正規を区別し、待遇面と権限で差を付け、自分の手に負えないことは外だしをしているところに真因がある。

非正規のスタッフを増やすことや業務を外だしすることにより、組織の問題解決能力は低下し、賃金面からわが国の一人当たりGDPも下降していく。すでに近隣の韓国や台湾の一人当たりGDPに追い抜かれる局面にある。

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田中正造の気概

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2024年12月 4日 (水)

堀田先生を悼む

本日2024年12月4日堀田先生が11月下旬に鬼籍入りされたことを大手新聞で知った。

11年前に京王相模原線の若葉台駅から新宿駅まで車中談義をさせていただいたことを思い出す。

京王線の車中で堀田力先生と生き方、働き方の問答をする: 細内所長の旅日記  hosouchi188@gmail.com

「これからは、老々介護が必要になるだろう」といわれた先生の言葉が忘れられない。

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身近なところで介護サービスを見る機会が増えた。

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老々介護も、ボランティアや市民活動、相互支援が大切だ。

堀田先生のご冥福をお祈りする。

☆彡

2024年10月10日 (木)

公共図書館満席の時代

地方の街では書店が消えていく昨今、首都圏の公共図書館では、月に新刊900冊の寄贈本があるという。

日になおすと1日平均30冊の寄贈である。

また最近は新聞をとらない家庭が増えている。公共図書館でまとめ読みをしている年金生活者が少なくないという。朝から夕方まで冷暖房のきいた図書館は満席状態である。

地域の公共図書館では高齢化に伴いシニアの姿が増え、新聞も新刊も順番待ちになり、人気の新刊は貸し出し予約100人待ちも少なくないという。100人待ちだと6か月以上かかる時があるという。

こうした現象をどうとらえたらよいのであろうか?

新聞社も出版社も書店も、経営が難しい時代に入っている。

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☆彡

 

2024年6月 8日 (土)

さあ―大変だ。新聞の発行部数が減っている

新聞の発行部数が減っているという。

そして、いま図書館の新聞閲覧コーナーが大繁盛しているという。

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定年を迎えた御仁が自宅で新聞をとるのをやめ、近くの図書館で無料の新聞を時間をかけて閲覧しているからである。日本の高齢化率29%で約三割が65歳以上の高齢者だから。

地域社会の変化はこうした身近なところからやってくる。

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