日記・コラム・つぶやき

2018年5月16日 (水)

東京墨田区の町工場からパラリンピック・レガシーが生まれる?!

先日3回目の取材で東京墨田区本所にある(有)さいとう工房(電動車いすの製造・修理)の斎藤さんに面談してきました。写真は開発中の電動車いす型の掃除機だそうです。

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これがあれば、シニアでも障碍者でも、仕事として楽に掃除ができるようになります。これは、さいとう工房さんへ出入りしている方々、特に電動車いすのお客さんである身体障碍者の方のニーズから生まれた電動車いす型掃除機だそうです。
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この電動車いす型掃除機が、今後東京パラリンピック・レガシーの一つになることを期待しております。取材を通して感じることは、齋藤さんの真の狙いは障碍者の働く場の拡大に繋げたいという熱い思いです。レガシーはハードだけではなく、こうしたソフトの拡大も意識してイノベーションに取り組むことも大切ですね。
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2018年5月 5日 (土)

みな先を見越しての経営統合だろうか?そして今

先祖調べをしていると、明治生まれの祖父母の兄弟は10人前後いたが、昭和一桁生まれの父母の時代で6人前後に減り、そして昭和30年代生まれの私の時代で3人となる。そして今や出生数は94万人、死亡者数は134万人で毎年40万人ずつ減少する社会になった。これが日本の真の姿だ。Photo






























私の関係する先で、3つの地方銀行が1つの銀行となり、きらぼし銀行となった。
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同様に競争会社だった大手有機宅配業の3社が、最近1つになった。Dsc_0644
みな先を見越しての経営統合だろうか?そして今コミュニティ自治の弱体化も、農地経営の弱体化も、すべて戦後の政策が出発点。かつて岡山県倉敷の大原さんは800haの大地主、太宰治の実家、青森の津島さんは200haの大地主。いずれも大規模農地経営をし、生産性を高めていたが、今や全国的に小規模農業が主流で、しかもその担い手は高齢者が中心の農業では、国際的な生産性には遠く及ばない。だから耕作放棄地が、全国各地で散見されるのである。戦後70年が経過し、そして維新150年の節目の年を迎えた日本。仕切り直し、洗濯が再び必要な日本なのだろうか。Dsc_0685 Dsc_0640

2018年4月 7日 (土)

あなたならどうする、牛丼への悩み~食の安全保障と己の生き方を考える

文明開化から早150年、再び牛丼への悩み。

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いつもは注文後1分もかからない並盛牛丼350円を頼んでいるが、最近は店を替えて人形町の特製牛丼千円を、わざわざデパ地下まで足を運んで楽しんでいる。
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それはいつもの3倍の値段だ。千円のものは料理時間に8分ほどかかるが、子供のころの待つ喜びを思い出し、咀嚼時に後を引かない牛肉の旨味が口いっぱいに広がることを再確認する。
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しかし富所は寂しくなるばかり。
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あなたならどちらを選ぶか?国産和牛か外国産か?出てくるまで少し待つか、それとも1分ですぐ食べられるか?おあいそうに千円札1枚が出ていくか、それともワンコインで釣銭のくる350円か?
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仏教伝来後1200年の禁断の味を文明開化で吹き飛ばした牛肉の味。明治5年には僧侶も牛肉を食べるようにと勅令が出され、その後庶民にまで広まったとか。
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小生も、再びコストや時間よりも、本当の美味を求めて、財布も体も軽くする方を実行中。還暦を迎えて食事の回数を減らす小食は体に良いとか。
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☆大人も子供も牛肉はいまや食生活に欠かせないものとなっている

2018年4月 1日 (日)

不思議な国の日本

働き方改革は単に就労時間のあり方を示すものではない。

会社という組織に縛り付けないで、もっと地域社会や家庭で過ごす時間を社員個人に還元していこうというものだ。
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新しく生まれた時間で家庭生活を充実させたり、親の介護に取り組んだり、地域活動やボランティア活動をすることが本来のあり方だ。
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そして税金による丸抱えの地方議員はいらない。ましてや議員年金を復活させようとする気が知れない。
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働き方改革で社員を開放し、もっと地域社会の市民活動に参加できるようにするのが本来の趣旨であろう。
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地域課題を地域の住民が行政と一緒になって取り組むのに、税金で養う専従の御用聞き議員はいらない。
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会社から解放された会社員自らが地方議員となって月5万円ほどの報酬費をもらって参加すればよいのである。
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どうしてそれができないのか、不思議な国の日本だ。
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2018年3月23日 (金)

私の英国ハリスツイードと岩手県東和町の梅原ホームスパン

私の勝負冬服・英国のスコットランドのハリスツイードと岩手県花巻市東和町のホームスパンによる黒いマフラー。

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同じ羊でもハリスツイードは、機械織のためか、刺し子のように固いがとても温かい。

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一方黒いマフラーは、日本のホームスパンの母といわれる花巻市東和町の梅原乙子の孫、元東晴山町会長の梅原成郎氏から直に購入したもの。寒い冬には、梅ちゃんの手仕事のこのマフラーが一番温かい。

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梅原成郎さん、元気ですか?

鶴の恩返しの話しが今でも一番印象に残っています。あといくつ自分の羽を紡いでマフラーを編めますか?

また遊びに行きます。

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☆春よ来い!

2018年3月21日 (水)

Eコマースは一番じゃないと生き残れない、つまらない時代

Eコマースの時代は、一番じゃないと生き残れない時代です。

それは一人勝ちの時代を意味します。

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我ながら間抜けな話しを一つ
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ある丁寧な礼状が届きました。
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しかし表には郵便局に2円を支払いに来てください
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という付箋がついていました。
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葉書の郵便料金が62円に値上げしたことを差出人は忘れていました。
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私は郵便局にその葉書と2円を支払いに行きました。
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我ながら真面目な性格です。
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閑話休題
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2番や3番、4番と多様な自然界に対し、1番以外は生き残れない、つまらない時代になりました。
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つまらい時代には、コミュニティ・ビジネス(CB)で多足のわらじを履きましょう。そして地域活動から始めればよいのです。何も最初から法人格をとる必要はありません。一人で寂しときは、地域で顔の見える人々と地域の活動やボランティアから始めれば良いのです。
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地域で活動団体の継続性が求められたり、年金プラスアルファのお金が必要になる時もあるでしょう。そしたらCBを本格的に始めましょう。
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お手伝いしますよ。

2018年3月17日 (土)

あなたならどうする?日本のこと!日本の総人口は年間40万人の自然減で縮小社会が始まっている

2017年時点で日本の90歳以上の人口は206万人、生活保護受給者も216万人(半分は高齢者)でほぼ同じである。つまり社会的弱者の数が人口229万人の名古屋市規模にまで脹らんでいる、ということを早く国民は気づくべきである。その措置費は3兆8431億円で、国が75%(約2.9兆円)、自治体が25%(約1兆円)を負担している。どこも財政的にはたいへん苦しい状況だ。

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細内が講師を務めた法政大学大学院での授業風景(コミュニティ・ビジネス論)

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高齢社会の負の側面はそれだけでない。生活保護給付費3兆8400億円)に医療費(41.5兆円)・福祉介護費(給付費 9.7兆円)を含めると、日本全体で55兆円を超える大変な額だ。
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2025年には、戦後生まれの団塊世代(約700万人)が後期高齢者の75歳(健康寿命の限界年齢であり、罹患率が急速に高まる年齢)となり、その費用は倍近くになるといわれている。そして、わが国の平均年齢はいまや47歳で世界一だそうだ。
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あなたならどうする?
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また2020年には女性の二人にひとり、つまりその半分の人が50歳以上になると言われている。2017年の出生数は94万人で、100万人をすでに切っている。少子化は避けられないのが現状だ。
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日本の総人口は、年間40万人の自然減で縮小社会がすでに始まっている。
つまり2017年は、出生数94万人ー死亡数134万人=-40万人である。人口減のマイナス40万人とは、横須賀市、岐阜市、宮崎市レベルの中核都市が毎年消滅するということだ。もう少し生活の身近なところに関心を持つべきだろう。
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あなたならどうする?日本のこと!!
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エーブルアートを収集中(アーティストは齋藤さん)

2018年2月27日 (火)

アンデルセンでデニッシュを買い、珈琲を飲みながら少しヒュッゲな気持ちになる

数年前宮崎県都城市の講演の帰りに、都城市役所のご厚意で、児童福祉の父・石井十次の養護施設(十次のころは孤児院)へ、当方の視察をお願いしてくれていた。

私は講演の翌日、宮崎市から西都原古墳群の視察を終えて児湯郡にあるその施設に向かったが、帰りに養護施設の児嶋理事長さんが児湯郡内を車で案内してくれた。
養護施設の中はもちろんのこと、武者小路実篤が最初に住んだ理想の郷・新しき村(「人間らしく生きる」社会を目指す、その後埼玉県毛呂町に移転)を車でめぐってくれた。
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そして武者小路実篤が晩年居住した調布市仙川にはその理想郷の面影がある。
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私はCB総研のある新宿から京王線で帰宅する際、仙川駅に途中下車して、仙川付近をよく散歩をする。
そう武者小路実篤の私邸跡を訪ねるのである。
国分寺崖線の上に立つその私邸は現在緑多き公園となっている。
水のあるところに住みたいという彼の希望が叶えられ、今でも光りコケの公園として保存されている。
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多摩川沿いの崖線からは、空気の澄んだ冬場に富士山が良く見える。
小説家の安部公房もかつてこの付近に私邸を構えていたが今はない。
富士山がよく見えるその場所には新しい邸宅が二軒建っている。
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仙川付近を本格的に歩き始めて早7年が経つ。
今日も仙川駅前のアンデルセンでデニッシュ・ペストリー(デンマーク風のパン)を買い、店内で珈琲を飲みながら少しヒュッゲな気持ちになる。
アンデルセンは還暦を迎えた私の充実したひとときの場である。
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2018年2月21日 (水)

関西風のおもろいトークショーはネットワーク型多メディア展開のビジネスモデルだった

80万部の大ベストセラー『コーヒーが冷めないうちに』の著者川口俊和さんのトークショー(稲城市iプラザ図書館主催)に行ってきました。

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彼は話術が巧みで、脚本家、演出家であり、作家でもあり、舞台美術までこなす根っからの関西人のようです。そして彼の芝居に出演する舞台女優まで出演し、彼女がMCをこなす、おもろいトークショーでした。最初に会場案内をしているお兄さんが、実は川口氏本人であるというオマケまで付きびっくりのトークショーでした。
☆彡
本屋大賞ノミネート作品『コーヒーが冷めないうちに』著者川口俊和さんのトークショーは、私にとって多メディア展開の情報財のビジネスモデルづくりのヒントになりました。
☆1.舞台の台本、脚本を作る⇒お芝居にする
☆2.小説のストリーを完成⇒書籍にする⇒1、3に移動
☆3.舞台俳優を交えたトークショーとする⇒1、2に戻る
☆4.ラジオやテレビのドラマ化を図る⇒1、2、3に戻る
☆再び1、2、3に戻り、反復が発生し、関心ごとが増幅される
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☆1、2、3、4 ともに共感・共鳴の輪が広がり、チケット、書籍、番組が売れ、さらなる相乗効果を生み出すという図式が見えてきました。
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彼は本来舞台の脚本家兼演出家であり、その物語性を舞台の台本から小説のストリーにまで高め、さらには、そのショーケースとして舞台女優まで引込む、新たなトークショーとして完成させ、さらには一連の流れを関連付けて、ラジオドラマやSNS、そして映画にまでその話題を広げ、現代社会に相応しいネットワーク型の多メディア展開をしているようです。
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こうした共感共鳴のマーケティング戦略を、私はSNS時代の情報財マーケティングと呼んでいます。
最後に一言、久しぶりに面白かった。川口さん、これからも頑張ってね!
☆彡
2つの絵はメイファンさん作
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2018年2月11日 (日)

ドレスコードと本物が分かるという観点から公立校の制服を考えてみては?

まずは細内所長の2014年5月27日のブログから

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KYを気にする人よりも、TPOを気にする人間になって欲しいものだ

最近気になっていることの一つに近隣中学生の登下校時の服装である。

東京郊外のニュータウンにある公立中学校の生徒たちは、男女とも学校指定の上下のジャージを着て登下校しているが、TPOをわきまえた服装なら、学校指定の制服を着てしかるべきだろう。これでは一日中ジャージを着て過ごす生徒を増やすことになり、将来TPOの重要性を見失う大人を産み出すことにつながりかねないからだ。

服装にはその人の人格が現れるという。ジャージは体操着である。朝の爽快感・緊張感(やる気)は制服によって高められるといっても良い。

実は私も、今から45年前の小学校時代に校長から「白のトレパン(トレーニングパンツ)で登下校しないように、TPOに合せた身だしなみに気をつけるように」と指導を受けたことがあり、今でも脳裏に強く残っていることだ。このことは、当時の長島豊丙校長の卓見である。人格形成時における服装、身だしなみの指導は大事である。

自立心を育み、自己を確立する上で、少年期、青年期の服装・身だしなみは大切である。ましてや、全員同じジャージ姿の登下校には何をかいわんやである。

『KYを気にする人よりも、TPOを気にする人間になって欲しい』ものだ。

近くの小田急線沿線の私立の一貫校では、公的な行事に”男女とも第一装の服装”を規定しているところもある。

公立校も子供の個を尊重し、TPOをわきまえた人間育成の教育をしてほしいものだ。画一的で目的外のジャージ姿に疑問を持つのは私だけだろうか。長島豊丙校長の遺志が私の背後にあるようだ。

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そして今回銀座の公立小学校の標準服を世間とは別な視点から意見を述べてみたい。これはあくまでも私見である。(それにしてもここの校長さんは、地域ブランドの作り方をよくご存じのようだ)

強制でもないので公立小学校でもドレスコードを意識したところが一校くらいあってもよいのではないか。変な平等意識が日本を駄目にしているのが現状のようだ。私も公立の小学校時代(50年前)、当時の校長(上述の校長)がトレパンやジャージで登校しないようにと朝礼で全校児童に注意していたが、これは卓見である。むしろ国際化の時代、小さいうちから制服をベースにしてドレスコードと本物の価値を教えるべきである。

親の米百俵は、彼らが大人になるころ米千俵となって生きてくるだろう。人生少し長い目で見ることが必要だ。特に子どもの教育・躾に関しては、経済効率的な価値と相容れないことが少なくないものに気づくことが肝要だ。

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