日記・コラム・つぶやき

2021年4月15日 (木)

人の名前は、その方の故郷の地名、お顔、そして食、特産品、名物などを結び付けると忘れない

私の人の名前の覚え方は、コロナ禍で近所のスーパーによく通うようになったが、売場の方のお名前とその方のふるさとの市区町村とお顔の3点を結び付けて覚えるとなかなか忘れないようになった。

20151003

例えば、酒田の落合さん、倉吉の前田さん、宮古の工藤さんなどである。いずれも講演で訪れているから忘れない。さらに4点目は、食や特産品、名物などを結びつける。

Dsc_0279

山形県なら、米沢、鶴岡、酒田、山形、寒河江、天童など6か所で講演している。鳥取県でも6か所、鳥取、倉吉、三朝温泉、北栄、智頭、米子なども主な講演先だ。全国47都道府県すべてを廻ったから、地名に関しては誰にも負けない私の強い味方となっている。

1999-npo1

☆彡

2021年4月 8日 (木)

日本でも転職を余儀なくされる人材流動化のビックウェーブがやってくる

東京郊外の多摩ニュータウンの私鉄沿線駅前では、まちの縮小が始まっている。大手銀行が3か月後の店舗閉鎖を表明。飲食大手のチェーン店はすでに2店舗が閉鎖撤退、学習塾も閉鎖して1年になる。コロナ禍の影響は計り知れない。これで日本経済がよいわけない。
Dsc_1433

全国に400店舗を超える大手銀行は店舗数を今後100を切る2桁台にするという。私も最近WEB口座に急遽乗り換え、銀行間の振込、振替の試運転をはじめた。行員さんは今の1/5で可能という。20数年前の英国、ドイツの環境ビジネスの視察で見てきたクレジットユニオンの店舗には、PCと3人前後の行員しかいなかったことを思い出した。金融機関にもビックウェーブはいよいよやってくるようだ

Dsc_0097_20210408213601
日本でも転職を余儀なくされ、たえず自己開発をかかさない、本当の競争時代がやってきたようだ。
☆彡

2021年3月28日 (日)

我、仕事を通して日本各地の成り立ちと文化、風土を知る

私の勝手な推論ですが、スサノオの神を祭った神社が関東地方の群馬、栃木に多いのは、吉備の国から毛の国へ農民等が移住してきたからです。栃木県鹿沼市の深津地区には、備後国と同じ深津郷(今の広島県福山市あたり)という地名と備後一の宮のスサノウノミコトを祭った神社(父方の祖母の旧姓は宇賀神で、その父親は神官を務めていました)があります。宇賀の神(宇賀神)、稲荷信仰、地神・水神、三輪山の蛇信仰も、そうした吉備の国の吉備津彦から伝わってきたといわれ、一説には吉備の国の吉備津彦と毛の国の豊城入彦は同じルーツではないかといわれています。

Img_4603

楯築神社のご神体亀石                      楯築弥生遺跡

岡山県倉敷市の楯築弥生遺跡訪問のブログ⇒http://cbhakase.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-7082.html

これもご縁でしょうか?毛の国の栃木県足利市出身の岡山大学近藤義郎教授が中心になって発掘を行いました。

Img_4548

中国製の水銀だそうです                  弥生墳丘墓は高度成長期に住宅開発で形を変えたそうです

当時の仕事はこちら!

☆彡


クローズアップ現代にもゲスト解説者として出演

☆彡

2008_20210328190501

徳川家康の生誕地・愛知県岡崎市には5回連続通いました

☆彡


太宰治の生誕地金木町、青森県立金木高校でコミュニティ・ビジネスの講義をしました

☆彡

東日本は縄文・アイヌ文化の世界で青森津軽・三内丸山遺跡、北海道函館、旭川では土偶の縄文やアイヌ文化を拝見してきました。

25994498_1832480513459744_8341227_2Dscf2612
北海道初の国宝は中空の縄文土偶です              このスマイルはいいですね

東日本の縄文文化、1万年に触れるのブログ⇒http://cbhakase.cocolog-nifty.com/blog/2018/04/post-d6fc.html

08420130905_097

青森県つがるの駅舎は亀ヶ岡の遮光器土偶を真似る           青森県八戸市から出土した国宝の合掌土偶

当時の仕事はこちら!


三村青森県知事も参加されました。後日講演に対するお礼のお手紙をいただきました

☆彡

西日本のコメと鉄器、神道による弥生文化が東日本の縄文文化を融合し、現在の日本社会が成立したと思っています。まちづくりの仕事で日本各地を巡り(全国47都道府県すべてを講演セミナー等で歩く)、そうした各地の文化、風土に触れることができ、たいへん恵まれた仕事だなと感じています。これらの体験したことを次世代や日本の未来社会に伝え、還元できるように努めてまいります。乞うご期待を。

2020年12月25日 (金)

この時機、感謝すべき人を忘れないことが大事

感謝の心が届く。ふるさとの大好きな和菓子。

Dsc_0379Dsc_0385
包装紙、掛け紙は、へっぽこ先生こと版画家川上澄生の南蛮人
*
コロナ禍で少し時間ができ、公共図書館から書誌を取り寄せ、全国各地の市史や町史を読んでいるが、戦後忠霊塔が全国各地で建設されたのは昭和30年代以降であることに気づかされた。
*
そして、それら市史、町史に出てくる戦没者数がいかに多いか驚かされた。その戦没者名簿(町内会ごとに戦没者の個人名が記載されている)は、各市史、町史ともそれぞれ数千人規模になる。
*
先の大戦における日本の戦没者が310万人以上(横浜市の人口370万人に相当する)といわれる戦争犠牲者のもとに、私たちの今の暮らしがあることを考えると、彼らの平和を希求する願いに感謝して、明日を迎えなければならない。コロナの時機(とき)は、静かに、そうしたことに気づくことが大切なのである。

*
Dsc_0387
*宇都宮の老舗和菓子店二軒のメイン商品
Dsc_0404
*
ふるさと宇都宮からいつもの好物をいただく、川上澄生制作の包装紙と掛け紙が付いていた。子供のころの思い出はこの川上澄生が描く夢の南蛮人と南蛮船にある。
*
Dsc_0407_20201231204001
*
Dsc_0412_20201231204201
この包装紙は、あの相田みつを(書家、足利出身)の作品とか
☆彡

2020年10月19日 (月)

講演前のひととき、太平山神社

昨日は、ふるさと(母方の高祖母は当地倭町出身)栃木市での講演会前、主催者さん(田村律之助顕彰会)により太平山神社を案内してもらいました。https://g.co/kgs/MvJRy2 (細内略歴)

Dsc_0221

Dsc_0224

そこには103年前の当方より4代前の母方の高祖父(かんぴょう問屋を営む)らが奉納した壬生町干瓢商組合(栃木県は、かんぴょうの生産高が日本一の県)の額が掲げられ、高祖父の名前をそこに発見しました。大感激です。そして103年前という、いにしえの世の業界活況に想いをふくらませました(昔は小さな町でも活気があった)。しかし母の実家は戦後の農地解放で土地・農地を失い、今は壬生町にない。

Dsc_0220

103年前に奉納されたもの、問屋の欄に高祖父の名前を見つける

かんぴょうもビール麦も栃木の風土から生まれた風土産業を形成している

Dsc_0210Dsc_0212

太平山神社のあじさい参道の途中にある田村律之助の胸像

栃木の風景(黄金色のじゅうたんに染まる)を変えたビール麦王の田村律之助像前にて(脇に彼の業績が書かれた看板があると更によいです)

このまちとはご縁が深くなりそうです。

*

2020年9月 3日 (木)

菅義偉長官の公約施策と細内信孝の『共に生きる社会を目指して、自立、自助、共助、公助の仕組を一緒につくりましょう』の違いは?


9月2日(水曜日)昨日の菅義偉官房長官の自民党総裁選立候補会見を聞いていて、どこかで誰かが言っている政策と同じだなと感じた。地域振興、地方の活性化という目標が同じ?方向性だから仕方がないか、しかし、こっちが先だからね(笑い!以前にコミュニティ・ビジネス(CB)の基本的な考え方や展開の仕方を第三者にまねされたことが多々あったから)。しかし、その会見内容を聴いてみると、意外と菅さんとは地域振興、地方活性化の考え方であい通じることがあるのかな?と思った次第だ。
*
令和元年から農山漁村のアドバイザーとして青森県庁に登録された小生のひとことPRを紹介しよう。
ご笑覧あれ!心ある人々よ。
*
CBで自立、自助し、共助、公助のセーフティネットで共に生きる社会を一緒に創ろう!
*
*
*
*はじめは、社会的弱者(失業者など)も働ける社会的企業の設立やCBで自立する(多足のわらじを増やす)中間所得層を増やしながら、そして地域に地域レートによる地域通貨をベースにした社会的企業を沢山作り、それらを核にして地域で自律できる企業体や多足のわらじを主体にした個人を繋いでいく、それが私の考え方だ。⇒http://www.hosouchi.com/aboutus.html
*
CBコンセプト・ストーリー

*
CBの考え方もしかり、官庁よりもこっちが先に書籍発行・『コミュニティ・ビジネス』中央大学出版部や全国展開のCB公開講座、全国の自治体や商工会議所・商工会などから依頼を受けて、講演会活動(2,000回を超える回数)を通して、私は1994年から「クローズアップ現代」などのテレビ出演新聞への寄稿、大学と連携した公開講座の共催を実施し、CBの社会的普及活動を現在も実施しているが、ウィッキペディアではその作成者の無知なのか?当方達,CBN社会的普及活動には一切触れていないのが、たいへん不思議でとても残念なことである。
*
Dsc_0011_20200903030301
細内所長が、国・中央官庁に対しCB普及の支援活動をしたものに次のようなものがある。
*
*
*
3.独立行政法人経済産業研究所:細内のCBに関する講演会。講演録(PDF)は、こちら
*
*
5.国土交通省:「平成14年度地域活性化貢献表彰」表彰式 記念講演:細内 信孝演題『地域を元気にするコミュニティ・ビジネス』
*
*

7.内閣府:細内の沖縄ソーシャルビジネスフォーラム講演会(内閣府主催)

*

8.総務省:13年間にわたり総務省の地域情報化アドバイザーを委嘱される(2007年4月~2020年3月)

*

9.総務省:総務省の地域情報化評価会(ユビキタスタウン構想推進事業)委員に任命される(2009年)

*

10.総務省:総務省のICT地域マネージャーに任命される(2016年)

*

11.内閣府:内閣府女性起業アドバイザー(男女共同参画局地域活性化事例研究事業アドバイザー)2006年


*

12.厚生労働省:厚生労働省の雇用創出企画会議委員に任命される(2003年)

*

経済企画庁(2000年)の国民生活白書作成に協力、庁内でCBをレクチャー(その後、本当に表紙が真っ白な白書が送られてきた)や省庁の外郭団体における講演、講義など、中央官庁への協力はまだまだあるが、とりあえずここまでとする。

☆彡
もっと知りたい方は、http://www.hosouchi.com/ をクリック!
*

2020年7月27日 (月)

第1399回の細内ブログ そろそろ足るを知ったらどうか?地域で足るを知る経済、コミュニティ・ビジネス

昭和20年の日本の人口は約7200万人だった。この年結核で亡くなる人は年間17万人もいた。

2020年の日本の人口は1億2400万人。そしてわが国の人口ピークは2005年ころに迎えていた。

そして最近まで、もっともっとの欲望経済が渦を巻いていた。ところがコロナ禍旋風が吹き荒れてみんな苦しんでいる。

そろそろ足るを知って、身の丈でたおやかに生きればいいじゃないか、とふと思う今日この頃である。

たとえば子供の運動会。かけっこ3位じゃだめなんですか?

6位だって全力で完走すれば立派なもの。子供を褒めてあげよう。

車のエンジン。アクセルとブレーキを同時に踏み続けると故障する。

ましてや人間ならぼっコワレル

持続可能な地域は他と比較しないことから始まる

他と比較することから優越が生まれ、差別意識が始まる。

大きな極を作らないこと、スモールイズスマート、で多極分散の多重多層の地域コミュニティが美しい(「新版コミュニティ・ビジネス」の第5章が詳しい)

昔むかしの野沢温泉村には村営の水力発電所が在ったとさ。

これがヒント、明治時代のコミュニティ・ビジネスさ(昔に戻ることではない)。

Img_8852_20200727205901

人生100年時代は等身大のシンプルライフが一番よい。大仙古墳出土の女性の埴輪

2020年6月 1日 (月)

無欲は有欲のはじめなり

有欲は、無欲のはじめなり
 
そして無欲は、有欲のはじめなり
 
こうして円い円満な欲が誕生する

細内信孝

Dsc_0026_20200602101801

自然界は時折世直しの嵐を起こし、自然界の持続を保とうとします。そこでは、自然界の持続性と人間の望む成長性は鬩ぎ合い、人間はその山を乗り越えようと自然界に挑戦し、やがて自然と調和をしてきました。

細内信孝

 

2020年4月30日 (木)

コロナウイルスと情報理論には何らかの相関関係があるもの、と考える

4月も今日30日で満了。

当サイトへの今月アクセスのない県を確認してみたら、47都道府県中に4県あった。

Dsc_0033-2

@niftyココログでは次のように規定している。

全体のアクセス数に対する、都道府県別のアクセス数の割合を表示しています。どの都道府県からのアクセス数が多いかを確認できます。

ではアクセスのない県の特徴を考察してみると、比較的人口が少なく、人口密度も少ない県である。

それは、岩手県、石川県、島根県、高知県の4県である。あとはずべての都道府県から当ブログにアクセスを頂いている。前述のアクセスのない県は、過去にアクセスがあったし、講演の仕事で4県とも訪れている。たまたまなのかもしれない。

もう一つの相関関係は、コロナ罹患者の少ない県(ただし石川県は除く、これは北陸新幹線の影響で異常値か?)である。

感染症は、人と人との接触密度の濃さでウイルス(情報)が移動し、発病するという。

ウイルスと情報理論には、何らかの相関関係があるものと考える昨今である。

2020年4月23日 (木)

オムロンの立石義雄さんのご逝去を惜しむ


私は、26年前になるが、オムロングループの生活文化の研究所研究課長として中途入社し、7年間在籍したことがある。当時立石義雄さんがオムロンの21世紀戦略を考えるグループ内研究所の会長を務めていた。入社のきっかけは、立石義雄著『最適化社会へ』PHP研究所 1993年10月を読んで感銘を受け、立石さんへ直接手紙を書いたことに始まる。銀行系研究所からメーカー系研究所への転籍であった。
*
Dsc_0098_20200804155701
☆会長と談笑する筆者(1994年)
*
私のコミュニティ・ビジネスの根幹には、立石義雄さんのベンチャー精神とソーシャルニーズの事業化がある。また「オムロンは理念先行型の企業コンセプトで行く」という立石会長の言葉が強く印象に残っている。このオムロイズムが、私のその後(独立後)のコミュニティ・ビジネス論(理念先行型コンセプト)構築に大きなインパクトを与え続けている。
*

☆その後、筆者の国際招待講演での一コマ(2016年)
*
私の最初の書籍「コミュニティ・ビジネス」(中央大学出版部 1999年発行)は、当時HRI会長であった立石義雄さんに直接手渡したが、今でもその時の最後の言葉を覚えている。『ありがとう、次もがんばれよ!』と。
*
自称同志社大学能学部出身の豪放磊落の人だった。
*
ご冥福をお祈りする。
*
合掌
*
もっと知りたい方は、http://www.hosouchi.com/ をクリック!

より以前の記事一覧

2021年4月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
フォト
無料ブログはココログ